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3日間のうどんと、消えるタクシー代。親の「贅沢」が私を削る

2026-03-15

※画像はAI(Gemini)で生成したイメージです


先日、母の様子を見に行ったとき、コタツの上にdocomoの3Gガラケーが置きっぱなしになっていた。

ほとんど使っていない。

電話が鳴っても出ないことが多い。

3G終了の話を聞いたとき、私は母に言った。

「もう契約しない方がいい」と。

スマホにすれば、月々の維持費は決して安くない。

今の生活に、そんな余裕はないはずだからだ。

もしかしたら、私は細かすぎるのかもしれない。

そう自分に問い直すこともある。

けれど、そう思わざるを得ない背景がある。

今の都営住宅に越す前、母からこう言われたことがある。

「毎月8万円、家賃を援助してほしい」

泣きながらの頼みだった。

Delta、私は即座に断った。

自分の生活さえ危うい私に、そんな大金は到底出せない。

見栄の生活と、底をついた現実

かつての両親は、私を鮨屋のランチに連れて行き、タクシーで食事に出かけるような暮らしをしていた。

一見すると、余裕のある生活だった。

だが後になって知った。

その生活は、祖父の遺産を食いつぶして成り立っていたのだと。

すべてが底をつき、私の元へ万単位の送金依頼が届くようになって、ようやくその現実を知った。

父は見栄っ張りだが、母も変わらない。

生活費が足りないと嘆く一方で、病院へは往復5千円かけてタクシーで行く。

バスでの行き方を教えても、数回でやめてしまう。

新聞はやめても、テレビの番組表を見るためだけに雑誌を買う。

「ドブに捨てるお金」と、私の食卓

先日の、父のショートステイ当日キャンセル料もそうだ。

最初から「無理だ」と分かっていたことに、またお金が消えていく。

私には、そのお金がドブに捨てられているようにしか見えない。

私の昼食は、3袋100円のうどんを3日かけて食べるのが日常だ。

そこに卵を一つ落とし、79円の野菜パックを小分けにして入れる。

それが、私にとっての「贅沢」だ。

マクドナルドなんて、もう何年も食べていない。

その横で、両親はマックを買ってきて食べる。

年金に見合った生活。

身の丈に合った暮らし。

それが、なぜこれほどまでにできないのだろうか。

限界の淵で、親の心は分からない

一度、父を施設に入れ、生活保護を申請する話が出たことがある。

母もその時は納得していた。

だが翌日には、「やっぱり生活できないから」と、話は白紙に戻った。

以前、母はこう言っていた。

「都営住宅が当たらなければ、お父ちゃんを田舎に帰して、私は死ぬつもりだった」

そこまで追い詰められているのに、なぜ目の前の数百円、数千円を大事にできないのか。

共倒れ寸前の生活の中で、それでも捨てられない「昔の感覚」。

ギリギリの生活を送る息子として、親の考えは、どこまでいっても分からない。

削り節のように削られていく私の生活の横で、無意識に浪費されていく実家のお金。

そのコントラストに、私は今日も、眩暈(めまい)を覚える。

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自己紹介

はじめまして、Mamoruです。

このブログのタイトル「MACLIFELab」は、はじめは「MACLIFE」としてスタートしました。その後、私自身のうつ病や父親の認知症などが重なり、サイトをまるっきり更新できない時期も長くありました。

そんな苦しい日々を送っていく中で、いまの私や認知症の父を支えてくれているのは、間違いなく「人」であり、そして「Mac」や「iPhone」でした。

接している人は少ないかもしれません。しかし、Appleやガジェットがくれる「時間」と「心の余裕」に、私は何度も助けられてきました。介護や体調管理という厳しい現実も、テクノロジーを上手に頼りながら、少しずつ生活を整えていく感覚で向き合っています。

日々の生活では、近くに住む父の認知症介護の手伝いや、自分自身のうつ病・脂質異常症(糖尿病予備軍)といった体調と向き合いながら過ごしています。体調が良い時の趣味は、ポケモンGOや近所の散歩です。

2012年から続けているこのブログでは、Appleの進化とともにテクノロジーと向き合いながら、「便利さの先にある自分らしい暮らし」をテーマに、自分の視点で率直に想いを綴っています。

ときにAppleやガジェットに対して辛口になることもありますが、それもすべて、一人の愛好家としてのリアルな感想であり、愛着の裏返しです。