※画像はAI(Gemini)で生成したイメージです |
先日、母の様子を見に行ったとき、コタツの上にdocomoの3Gガラケーが置きっぱなしになっていた。
ほとんど使っていない。
電話が鳴っても出ないことが多い。
3G終了の話を聞いたとき、私は母に言った。
「もう契約しない方がいい」と。
スマホにすれば、月々の維持費は決して安くない。
今の生活に、そんな余裕はないはずだからだ。
もしかしたら、私は細かすぎるのかもしれない。
そう自分に問い直すこともある。
けれど、そう思わざるを得ない背景がある。
今の都営住宅に越す前、母からこう言われたことがある。
「毎月8万円、家賃を援助してほしい」
泣きながらの頼みだった。
だが、私は即座に断った。
自分の生活さえ危うい私に、そんな大金は到底出せない。
見栄の生活と、底をついた現実
かつての両親は、私を鮨屋のランチに連れて行き、
タクシーで食事に出かけるような暮らしをしていた。
一見すると、余裕のある生活だった。
だが後になって知った。
その生活は、祖父の遺産を食いつぶして成り立っていたのだと。
すべてが底をつき、
私の元へ万単位の送金依頼が届くようになって、
ようやくその現実を知った。
父は見栄っ張りだが、母も変わらない。
生活費が足りないと嘆く一方で、
病院へは往復5千円かけてタクシーで行く。
バスでの行き方を教えても、
数回でやめてしまう。
新聞はやめても、
テレビの番組表を見るためだけに雑誌を買う。
「ドブに捨てるお金」と、私の食卓
先日の、父のショートステイ当日キャンセル料もそうだ。
最初から「無理だ」と分かっていたことに、
またお金が消えていく。
私には、そのお金が
ドブに捨てられているようにしか見えない。
私の昼食は、
3袋100円のうどんを3日かけて食べるのが日常だ。
そこに卵を一つ落とし、
79円の野菜パックを小分けにして入れる。
それが、私にとっての「贅沢」だ。
マクドナルドなんて、
もう何年も食べていない。
その横で、両親はマックを買ってきて食べる。
年金に見合った生活。
身の丈に合った暮らし。
それが、なぜこれほどまでにできないのだろうか。
限界の淵で、親の心は分からない
一度、父を施設に入れ、
生活保護を申請する話が出たことがある。
母もその時は納得していた。
だが翌日には、
「やっぱり生活できないから」と、
話は白紙に戻った。
以前、母はこう言っていた。
「都営住宅が当たらなければ、
お父ちゃんを田舎に帰して、
私は死ぬつもりだった」
そこまで追い詰められているのに、
なぜ目の前の数百円、数千円を大事にできないのか。
共倒れ寸前の生活の中で、
それでも捨てられない「昔の感覚」。
ギリギリの生活を送る息子として、
親の考えは、どこまでいっても分からない。
削り節のように削られていく私の生活の横で、
無意識に浪費されていく実家のお金。
そのコントラストに、
私は今日も、眩暈(めまい)を覚える。
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