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一歩、一歩歩く両親を見て。認知症の父と母、今の生活はずっと続かない

2026-10-06

画像:生成AI(ChatGPT)で作成

9月17日、実家へ行ってきました。

私自身、外出することが簡単ではないので、普段ならそれほど時間のかからない短い道のりを、倍以上の時間をかけて、なんとか実家まで向かいました。

駅に着き、実家へ向かって歩いていると、前のほうに父と母の姿が見えました。

散歩から帰ってきたところだったのでしょうか。

シルバーカーを押しながら、本当に一歩、一歩、ゆっくりと歩いていました。

一歩、一歩歩く父と母

父も母も歩くことに必死だったようで、近づいても私には気づきません。

私のほうから、

「散歩?」

と声をかけました。

すると父は私を見るなり、

「大きな〜」

と言います。

え? 今さらそんなこと言う?

そんな感じでした。

そこから実家までは、私なら1分ほどで着く距離です。

でも父と母は、シルバーカーを押しながら、本当に一歩、一歩進んでいきます。

その後ろ姿を見ながら、

「歳をとったんだな」

と、今さらながら実感しました。

もちろん、頭では分かっていたことです。

父も母も高齢になった。

父は認知症になり、母も以前のようには動けない。

でも、「分かっている」のと、実際に目の前で見るのとは違うんですよね。

母は腰がかなり曲がっています。

シルバーカーを押して歩く姿を見ると、その姿勢でちょうど前を見ることができるのかな、と思うほどでした。

家に着くと、父は「出前」「居酒屋」

ようやく家に着くと、父はお腹が空いたのか、今度は出前を取る話ばかりを母にします。

そのたびに母は、

「前は出前してくれるところがあったけど、今はないでしょ」

と父に説明します。

すると父は、

「居酒屋はどうなんだ?」

と母に聞きます。

私は横で聞きながら、

え? 出前? 居酒屋?

出前を取ったり、居酒屋へランチを食べに行ったりしているの?

そんなことを考えていました。

父は、姉のお墓参りにも行きたいそうです。

ただ、お墓参りへ行けば往復のタクシー代だけでも1万円程度かかります。

正直、

「何を考えているんだろう」

と思う部分もあります。

でも、私は何も言いませんでした。

両親のお金だから、何を言っても仕方がない

両親のお金です。

私が何かを言ったところで、お金の使い方が変わるとも思っていません。

だから最近は、あまり言わないようにしています。

ただ、心の中では思ってしまいます。

葬儀のお金。

納骨に必要なお金。

今の家を退去することになった時、残された荷物を処分するためのお金。

そして、いずれ必要になるかもしれない祖父母のお墓のこと。

そのくらいのお金は残しておいてくださいね、と。

こんなことを考えるのは意地悪なのかもしれません。

でも、最後に誰かがやらなければならないことを考えると、どうしてもそう思ってしまいます。

父からの電話に、姉や妹も困っている

母とは、父の認知症についても話をしました。

父は伊勢崎に住んでいる自分の姉や妹へ電話をすることがあるそうです。

ただ、その電話にかなり困っているという話もあるようです。

そのたびに母が電話を代わり、父の現在の状態などを説明しているそうです。

母としては事情を説明しているだけなのに、父の姉や妹から怒られているような気分になってしまう、と話していました。

父本人だけの問題ではなく、認知症によって周りの人たちの関係まで少しずつ変わっていく。

母の話を聞きながら、そんなことも感じました。

父は88歳、米寿になりました

父は9月8日が誕生日でした。

今年で88歳。米寿です。

区からお祝いとして1万円分の商品券が送られてきたそうです。

イトーヨーカドーなどでは使えず、商店街など利用できるお店が限られているとのことでした。

それでも、少しでも生活費の足しになると思ったのでしょう。

その話をする母は、少し嬉しそうな顔をしていました。

出前や居酒屋の話をしていた父。

1万円の商品券を喜んでいる母。

同じ家の中にいる二人なのですが、お金に対する感覚も、今見えているものも、少しずつ違ってきているのかもしれません。

帰り際に、少しだけ手伝いをして

帰り際、母から、納戸にしまってある収納ボックスを降ろしてほしいと頼まれました。

そんな簡単な手伝いをいくつかして、実家を後にしました。

以前なら、こんなことは母自身で普通にやっていたことなのだと思います。

でも今は、それも少しずつ難しくなっている。

父だけではなく、父を支えている母も歳をとっています。

当たり前のことなのですが、その「当たり前」が、この日は妙に重く感じられました。

今の生活は、ずっと続くわけではない

帰りの電車の中で、いろいろなことを考えました。

今回、実際に父と母が二人で散歩しているところを見たことで、これまで頭では分かっていたことが、急に現実として迫ってきたような気がしたのです。

父の認知症は進んでいます。

そして、その父を今は母が支えています。

でも、この生活がずっと同じ形で続くわけではありません。

実は今の生活は、かなり危ういバランスの上に成り立っているのではないか。

そんなことを改めて思いました。

もし万が一、母が父より先に亡くなるようなことがあれば、認知症の父が一人残されることになります。

「親の介護は大変です」

そんな一般論だけでは済みません。

私にも私の生活があります。

私自身も通院しながら生活しています。

でも、両親の状況が変われば、その生活そのものが、ある日突然大きく変わってしまう可能性があります。

今まで当たり前だった自分の時間や生活が、当たり前ではなくなるかもしれない。

そんな怖さを感じました。

駅から実家までの、ほんの短い道。

シルバーカーを押しながら、一歩、一歩歩いていた父と母。

あの姿を見たことで、いつか来ると思っていた「その時」が、思っているほど遠い未来ではないのかもしれない。

そんなことを考えながら、家に帰りました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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自己紹介

はじめまして、Mamoruです。

このブログのタイトル「MACLIFELab」は、はじめは「MACLIFE」としてスタートしました。その後、私自身のうつ病や父親の認知症などが重なり、サイトをまるっきり更新できない時期も長くありました。

そんな苦しい日々を送っていく中で、いまの私や認知症の父を支えてくれているのは、間違いなく「人」であり、そして「Mac」や「iPhone」でした。

接している人は少ないかもしれません。しかし、Appleやガジェットがくれる「時間」と「心の余裕」に、私は何度も助けられてきました。介護や体調管理という厳しい現実も、テクノロジーを上手に頼りながら、少しずつ生活を整えていく感覚で向き合っています。

日々の生活では、近くに住む父の認知症介護の手伝いや、自分自身のうつ病・脂質異常症(糖尿病予備軍)といった体調と向き合いながら過ごしています。体調が良い時の趣味は、ポケモンGOや近所の散歩です。

2012年から続けているこのブログでは、Appleの進化とともにテクノロジーと向き合いながら、「便利さの先にある自分らしい暮らし」をテーマに、自分の視点で率直に想いを綴っています。

ときにAppleやガジェットに対して辛口になることもありますが、それもすべて、一人の愛好家としてのリアルな感想であり、愛着の裏返しです。

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