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実家へ行って感じたこと。認知症介護に「正解」はあるのだろうか

2026-07-31

実家へ行ってきました。

本来なら30分ほどで着く距離ですが、私は吐き気と闘いながら、約2時間かけて向かいました。

以前から父からの電話についてはブログでも何度か書いてきましたが、ここ最近は以前よりも認知症の症状が進んでいるように感じていました。

一度、母とゆっくり話をした方がいい。

そう思ったからです。

実家へ着くと、母は買い物から帰ってきたばかりでした。

父の姿が見えなかったので、

「あれ? お父ちゃんは?」

と聞くと、

「今日はデイサービスに行ってるよ。」

とのことでした。

「お父ちゃん、どう?」

と聞くと、母は少し疲れた表情で、

「もうダメだね。何を言ってもダメだよ。」

と一言だけ答えました。

その言葉が、とても重く感じました。

限界を迎えている母の現状

私は思わず、

「もう施設に入れちゃえばいいじゃない。」

と言いました。

すると母は、

「私も考えたんだけどね。」

と話し始めました。

友人にも相談したそうですが、

「無理に施設へ入れると問題を起こすよ。」

と言われたそうです。

確かに父は、週に一度デイサービスへ通っていますが、お昼過ぎになると「帰りたい、帰りたい」と言い始め、職員の方を困らせていることは以前から聞いていました。

だから、その話を聞いて、

「やっぱりそうなんだな。」

と妙に納得してしまいました。

深夜の締め出しと周囲への影響

しかし、それ以上に驚いた話がありました。

先日、夜中の2時頃。

父が突然目を覚まし、何が気に入らなかったのか、母を家から追い出してしまったそうです。

私は一瞬、

「えっ? 何を言ってるの?」

と思い、思わず聞き返しました。

母は近所迷惑になってはいけないと思い、父が落ち着くまでマンションの非常階段で時間をつぶしたそうです。

そして家へ戻ると、

父は何事もなかったように、

「どこ行ってたの?」

と言ったそうです。

認知症という病気の恐ろしさを、改めて感じました。

電話も相変わらずです。

父は伊勢崎に住む姉や妹へ何度も電話をかけているそうです。

電話に出ても、父だと分かると切られてしまうことも増えてきた、と母は話していました。

私は、

「正直、向こうもかなり困っていると思うよ。」

と伝えました。

父は、

「兄弟なのに、なんで面倒を見てくれないんだ。」

と思っているそうです。

父にとっては、それが本音なのでしょう。

「本人の意思」と「施設の選択」

では施設へ入ることについてはどう考えているのか。

母に聞くと、

父は、

「俺は自由がないのは嫌だ。」

とはっきり言うそうです。

認知症が進んでも、自分の意思だけはしっかり持っている。

そこがまた難しいところです。

さらに母は、こんな話もしてくれました。

父は母に向かって、

「俺と結婚してくれる?」

と言うことがあるそうです。

父の中では、母はもう長年連れ添った妻ではありません。

以前ブログにも書きましたが、「東京の彼女」という存在になっています。

そう考えると、この言葉も父の頭の中では自然なことなのかもしれません。

母も父に変わって、伊勢崎に住む父の姉と電話で話すことがあるそうです。

その父の姉も、孫には

「同じことを何度も言うよ、施設へ入ったら。」

と言われているそうです。

揺れ続ける気持ちのなかで

きっと、これが現実なのでしょう。

介護を続ける家族が共倒れになる前に、施設という選択を考える。

それも大切な判断なのだと思います。

以前の私は、

「本人が嫌がっているのに施設へ入れるのはかわいそう。」

そう思っていました。

でも最近は、先日のブログにも書きましたが、その考えが少しずつ変わってきています。

本人の意思を尊重することも大切です。

でも、その結果、介護する家族が限界を迎えてしまったら、本当にそれが幸せなのだろうか。

そんなことを考えるようになりました。

認知症介護には、きっと正解はありません。

本人の思いもある。

家族の生活もある。

その間で揺れ続けながら、その時々で最善だと思う選択をしていくしかない。

今の私は、そんな「我慢比べ」のような時間の中にいる気がしています。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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自己紹介

はじめまして、Mamoruです。

このブログのタイトル「MACLIFELab」は、はじめは「MACLIFE」としてスタートしました。その後、私自身のうつ病や父親の認知症などが重なり、サイトをまるっきり更新できない時期も長くありました。

そんな苦しい日々を送っていく中で、いまの私や認知症の父を支えてくれているのは、間違いなく「人」であり、そして「Mac」や「iPhone」でした。

接している人は少ないかもしれません。しかし、Appleやガジェットがくれる「時間」と「心の余裕」に、私は何度も助けられてきました。介護や体調管理という厳しい現実も、テクノロジーを上手に頼りながら、少しずつ生活を整えていく感覚で向き合っています。

日々の生活では、近くに住む父の認知症介護の手伝いや、自分自身のうつ病・脂質異常症(糖尿病予備軍)といった体調と向き合いながら過ごしています。体調が良い時の趣味は、ポケモンGOや近所の散歩です。

2012年から続けているこのブログでは、Appleの進化とともにテクノロジーと向き合いながら、「便利さの先にある自分らしい暮らし」をテーマに、自分の視点で率直に想いを綴っています。

ときにAppleやガジェットに対して辛口になることもありますが、それもすべて、一人の愛好家としてのリアルな感想であり、愛着の裏返しです。