それは、「世間というものは、どこまでいっても他人事でしかない」ということだ。
父や母の知り合いが、心配して母に電話をかけてくることがあるらしい。
だが、その内容は決まって薄っぺらな同情だ。
「区役所に相談してみたら?」
「もう、施設に入れちゃえばいいじゃない」
母から電話越しにその話を聞かされるたび、私の胸の奥にはどす黒い怒りが込み上げる。
「こっちだって、できることは全部やってるんだよ」
「一度も家に見に来たこともないくせに、簡単に言うな」
喉元まで出かかった文句を飲み込みながら、愚痴をこぼす母の話を聞く。
母の辛さはわかる。けれど、それをぶつけられる私の心も、もう余裕なんて1ミリも残っていないのだ。
伯母の遺言と、母の今
そんな時、ふと思い出す記憶がある。
かつて、私の祖父が認知症になりかけた時のことだ。
一緒に住んで祖父を看ていた伯母は、自らも末期の癌を患っていた。
癌の苦痛に耐えながら、祖父のために買い物に行き、自分の入院中には祖父をショートステイに預ける手配まで一人でこなしていた。
伯母が亡くなった後、遺書が見つかった。
そこには、「姉も妹も(私の母たちも)、何の協力もしてくれない」という、血を吐くような孤独が綴られていたという。
当時の母は、その伯母の苦しみを、きっと本当の意味では理解していなかったのだと思う。
どこかで「大変だね」と、今の知人たちと同じように他人事として眺めていたのかもしれない。
そして今。
母は、かつての伯母と全く同じ、出口のない暗闇の中にいる。
繰り返される孤独の形
結局、自分がその立場にならない限り、人は本当の絶望を想像することすらできない。
それが人間の限界なのかもしれない。
かつての伯母。今の母。そして、板挟みになりながら精神を削られる私。
「施設に入れればいい」
その一言で片付けられるほど、生活保護や経済的な壁、そして家族としての情は単純なものではない。
鳴り止まない電話。
外側から聞こえてくる無責任な励まし。
そして、過去から突きつけられる伯母の遺言。
私たちは今日も、泥舟の上で「他人事」という冷たい海に囲まれながら、ただ沈まないように必死に泥を掻き出している。
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