6前の父は、それまで飼っていたジャックラッセルテリアを連れて、朝ラジオ体操に行き2時間散歩しているんだよと話すのが自慢だった。
父の異変は大切にしていたジャックラッセルテリアが亡くなってから。
実家に帰るのは数ヶ月に一度だったが、
両親は今の都営住宅に引っ越して5年ほど経つ今も、私は一緒に暮らしていない。
だから父の認知症の進行も、母の疲れも、ほとんど母の電話や実家に帰った時にしか知らない。
最近、母がため息まじりに話す内容が増えた。
「お父さんがまた、『お前が年金使い込んでるんだろ』って言うのよ…」
父は自分の年金が減っていると思い込んでいるらしい。
実際は国民年金だけで、貯金はほとんどない。
それでも父の中では、毎月振り込まれるわずかなお金が「誰かに取られている」ことになっている。
その「誰か」が、一番近くにいる母になってしまう。
朝は相変わらず
「なんで俺、森の中で寝てるんだ?」
と言い、母のことは「東京の彼女」と呼ぶ。
そして夕方になると、父から電話があり
「今友達の家にいるんだけど、家の電話番号教えて」
と
私は「今家にいるでしょ」と言い返すけど、父の声は本気で友達の家に居ると思っている。
私は実家から40分ぐらいの所に住んでいるが、
「だったら生活保護を受ければいいんじゃない?
父を介護施設に入れて、母も少し楽になれば…」
と母によく話す。
一度それで話がまとまりかけた事もあったが、
母から翌日にはもう少し様子を見ると言う話になった。
今でも母親に話すが、冷静になった母は静かに首を振った。
「生活保護受けたら、お父さんの年金も全部持っていかれるでしょ。
施設に入れたら、私の年金だけじゃ暮らせないよ」
両親は二人とも国民年金だけ。
貯金はほぼゼロ。
父が施設に入れば、母一人の年金で家賃・光熱費・食費を賄うことになる。
都営住宅とはいえ、年金だけでやっていける額じゃない。
結局、母は父を家で看続けるしかない。
父の言葉は日に日にきつくなる。
「金返せ」「お前が盗んだんだろ」
認知症の症状だとわかっていても、母の心は削られていく。
私も電話で父の声を聞くたびにイライラするのに、
母は毎日それを浴び続けている。
施設に入れる選択肢は、経済的にほぼ閉ざされている。
でもこのままでは、母の方が先に潰れてしまうんじゃないか。
私は何も決められない。
ただ、実家に帰るたびに
父の「森で寝てたんだな」という言葉と、
母の疲れた横顔を見るだけ。
そしてまた家に帰る。
認知症は記憶を奪うだけじゃない。
家族の未来の選択肢まで、少しずつ狭くしていく。
貧困と重なると、その重さは想像以上だ。
この都営住宅の小さな部屋で、
両親はまだ、ぎりぎりのところで今日を繋いでいる。
私はその外側から、ただ見守ることしかできない。
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