MACLIFELab

PowerBook170から30年以上、Mac/iPhoneに興味が薄れてきた話

2026-02-06

初めて自分で買ったMacは、PowerBook170だった。

1991年に出たモデルで、当時としては信じられないくらい薄くて軽くて(といっても今見るとずっしりだけど)、あのアクティブマトリクス液晶のグレア感と、25MHzの68030+FPUの組み合わせに完全に心を奪われたのを覚えている。


PowerBook170と併せてアプリはエクセル、キッドピクス、EGWORD、EGBRIDGEを購入した記憶がある。当時はCanonで購入した。


それから30年以上。

PowerBook180c

Quadra

PowerMac

cube

iMac→何代かに渡って購入

Air

MacBook Pro16・M2

忘れている機種も数多くあるが、Macはずっと私のメイン機だった。


iPhoneも初代3Gから数えて、ほぼ2年ごとに買い替えてきた。新しいカメラ、新しいチップ、新しい色が出るたびに「これは欲しい」と思えた。


正式、ここ数年、何かが変わった。


最初は小さな違和感だった。

・MacBookの新モデルが出ても「へえ、M4か……ふーん」くらいの反応

・iPhoneの発表会を見ていても「カメラすごいね」で終わってしまう

・「2年経ったから買い替えようかな」と考える瞬間が、ほとんどなくなった


昔は発表日の夜中にイベントを見てワクワクする瞬間が、最高のイベントだったのに。


何が原因なんだろうと、自分なりに考えてみた。


1.スペックが「必要十分」を超えて久しい

今使っているMacBook(M2あたり)は、少し不満はあるが、ぶっちゃけまだまだ余裕で動く。正直「これ以上速くなっても体感できない」ラインに、もうとっくに入っている。


2. デザインも機能も「進化」より「洗練」のフェーズ

ここ数年のMacは「すごい!」というより「より良くなったね」という変化が多い。

iPhoneもカメラは確かにすごいけど、日常で「これがないと困る」というほどの差は感じなくなった。


3.Apple IntelligenceとかAIとか、正直ピンとこない

発表されても「へえ、便利そう」で終わり。

私の生活の中で「これをAIで解決したい!」という切実な欲求が、ここ数年ほとんど生まれていない。


4. 単純に、歳を取ったのかもしれない

20代〜30代の頃は「最新のものを持つこと=自分のアップデート」みたいな感覚があった。

でも今は「今の道具で十分できてる」と思えることが、むしろ心地いい瞬間が増えた。


だからといってAppleが嫌いになったわけではない。

今でも使っているMacもiPhoneも、とても気に入っている。

ただ、「次が待ちきれない!」という熱が、すごく静かになった。


最近は、中古で状態の良い旧型を安く買って長く使う人の話とか、「もう5年同じiPhone使ってる」っていう声を聞くと、すごく共感する。


自分もその方向に自然と向かっている気がする。


これからどうなるんだろう。

M5とかiPhone18とか出たらまたワクワクするのかな。

それとも、このまま「今の機種で十分」路線をもう少し続けるのかな。


どっちにしても、PowerBook 170のあのワクワクから始まった長いAppleとの付き合いの中で、今はちょっと落ち着いた、穏やかなフェーズにいるのかもな、と思う。

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自己紹介

はじめまして、Mamoruです。

このブログのタイトル「MACLIFELab」は、はじめは「MACLIFE」としてスタートしました。その後、私自身のうつ病や父親の認知症などが重なり、サイトをまるっきり更新できない時期も長くありました。

そんな苦しい日々を送っていく中で、いまの私や認知症の父を支えてくれているのは、間違いなく「人」であり、そして「Mac」や「iPhone」でした。

接している人は少ないかもしれません。しかし、Appleやガジェットがくれる「時間」と「心の余裕」に、私は何度も助けられてきました。介護や体調管理という厳しい現実も、テクノロジーを上手に頼りながら、少しずつ生活を整えていく感覚で向き合っています。

日々の生活では、近くに住む父の認知症介護の手伝いや、自分自身のうつ病・脂質異常症(糖尿病予備軍)といった体調と向き合いながら過ごしています。体調が良い時の趣味は、ポケモンGOや近所の散歩です。

2012年から続けているこのブログでは、Appleの進化とともにテクノロジーと向き合いながら、「便利さの先にある自分らしい暮らし」をテーマに、自分の視点で率直に想いを綴っています。

ときにAppleやガジェットに対して辛口になることもありますが、それもすべて、一人の愛好家としてのリアルな感想であり、愛着の裏返しです。