崩れる日常の足音。拒絶する父と、倒れた母
2026-03-07朝、介護サービスからの連絡で、日常は一瞬にして色を変えた。
母が朝から嘔吐し、寝込んでいるという。
急いで実家に電話を入れると、出たのは父だった。
「母さんは朝から寝てるよ」
至極のんびりとした、まるで危機感のない声だった。
救急車を呼ぶように伝えても、
「いいって言ってた」
と繰り返すばかりだ。
母のことだ。
入院となれば周りに迷惑がかかると考えて、無理をして「大丈夫」と言っているのではないか。
その遠慮が、事態を悪化させないだろうか。
受話器を持つ手が、焦りで冷たくなっていく。
介護サービスの判断
介護サービスの方が、明日から父をショートステイに預ける手配をしてくれたという。
本来なら感謝すべきことなのだろう。
けれど私の心に浮かんだのは、「無理だろうな」という冷めた予感だった。
「融通」という言葉を知らない父。
週に一度のデイサービスでさえ、午後になると「帰りたい」と騒ぎ、トラブルになる父。
そんな父に、泊まりがけのショートステイが務まるとは思えない。
父は、徹底して「外」を拒絶する。
レンジで温めた食事には手をつけない。
インスタントの味噌汁も口にしない。
以前、母が入院した際に手配した配食サービスも、父はこう言って突き放した。
「母さん以外の作った飯は食わん」
介護スタッフの方も、父の性格を熟知している。
「もし明日、ショートステイ先で帰ると言い出したら、私がお迎えに行きます。ただ、日曜日は対応できないので、その時はお願いします」
おそらく――日曜までもたない。
明日、預けた瞬間に「帰る」と言い出す父の姿が、容易に想像できてしまう。
一歩を踏み出す、その重さ
電車に乗ることが、今の私にはどれほど高い壁か。
うつ病という鎖を引きずりながら、実家まで辿り着けるのだろうか。
けれど、母が倒れ、父が孤立している今、私が動くしかない。
明日は、何とか頑張って実家へ行こうと思う。
壊れかけた実家の門を叩き、母の顔を見るまでは、私の動悸は収まりそうにない。
どうか、明日が平穏に終わってくれますように。
それだけを祈りながら。

