2026年3月18日水曜日

認知症の父と母の入院。iPhoneメモが記録していた介護崩壊の2021〜2023年

※下の画像は、母の2回目の入院時に医師が説明のために書いたメモである。


これは、私がiPhoneのメモに残しておいた記録をもとに書いている。

読み返すと、当時の張り詰めた空気や、心が削れていく感覚がよみがえる。
2021年の引っ越しから、2023年に生活が崩れていくまでの記録である。


2021.08.03

実家が都営住宅へ引っ越し

この頃の父は、まだ母から話を聞かなければ認知症とは分からない程度だった。

しかし今振り返ると、異変はすでに始まっていたと思う。

母が引っ越しの準備をしていても、父は何も手伝わなかった。
まるで自分は引っ越しをしないかのように、横でずっとテレビを見ていたという。

私も手伝いに行ったが、確かに父はずっと座っていた。

小さな仏壇があったのだが、それだけは業者ではなく私が段ボールに入れて台車で運んだ。
玄関を出るとき、父がふと言った言葉を今でも覚えている。

「急に元気がなくなっちゃったよ」

あの言葉は、今でも頭に残っている。

引っ越し当日は甥も手伝いに来てくれて、なんとか片付いた。
しかし、皆が動いている中で、父も母もただ座っているだけだった。



2022.04.05

母、胃の不調で入院

ここからの9日間は、想像を超える日々だった。

介護サービスの担当者と頻繁に連絡を取るようになり、とにかく火の元に気をつけるよう話し合った。

私は父の食事を持って行っていたが、
ある日、介護サービスの方からこう言われた。

「お父さん、食事に困っていると話していました」

正直ムッとした。

それでも
「時間があれば買い物に連れて行って、好きなものを買ってあげてください」

とお願いした。

また、父は要介護1だったが、かかりつけ医に相談し、介護認定についても話し始めていた。


2022.04.09

夜の電話

夜8時過ぎから、母から電話が頻繁に入る。

父が
「いつ帰ってくるんだ」
と何度も電話しているという。

10時過ぎ、様子がおかしいから見に行ってくれと言われた。

実家へ行くと、父はすでに寝ていた。

パンやヨーグルト、卵など買っていったものを冷蔵庫に入れ、帰ろうと思った。
しかし、せっかく来たので声をかけた。

「ババから電話があって、お父ちゃんの様子見てきてって言うから来たよ」

すると父はムッとして

「目が覚めちゃったよ」

と言ってトイレに入った。

やりきれなかった。

駅へ向かったが、終電は終わっていた。

家まで2時間以上歩いて帰った


電話とタクシー

翌日から電話攻勢が始まった。

知らない番号から電話があり出ると、
父が母の友人を連れて見舞いに行ったが、病院を間違えていたという連絡だった。

父に電話を代わってもらい、病院名を伝える。

しかし父は

「そんな病院行ったっけ?」

と言う。

面会は予約制だと何度言っても、その場だけ理解する。

またすぐ忘れる。

さらに父はタクシーで見舞いに行き、お金を使ってしまっていた。

タンスにあると言われたお金もなくなっていた。

タクシー代だったのだと思う。


親戚への電話

父は伊勢崎にいる姉や妹にも電話していた。

母が入院したから見舞いを送ってほしいと頼んでいたらしい。

しかし妹から電話が来た時、父は

「俺はそんなこと頼んでない」

と怒って電話を切った。

正直、引いた。

お見舞いは書留で送られてきたが、父はそれを自分の財布に入れてしまう。

入院費に使うという考えはなかった。


早朝の電話

朝6時前。

必ず電話が来る。

「起きたら母さんがいないんだよ」

入院していると説明しても

「え?いつ?どこの病院?」

と聞き返す。

日中は

  • 洗濯はどうやるんだ

  • 風呂はどう沸かすんだ

生活のすべてを聞いてくる。

私は

  • 食事を持って行き

  • 洗濯をして

  • 風呂を見守り

  • 病院にも通う

そんな毎日だった。


2022.04.13

母退院

母を迎えに行き、家に送った。

母が言ったのは

「迷惑かけたな」

それだけだった。

父の食事代や生活費の精算はなかった。


2023.06.18

母、緊急入院

急性膵炎だった。

ここから父の様子はさらにおかしくなった。

座椅子で舌を出して唇を舐め続ける。

時間関係なく電話をかける。

面会できないと言ってもタクシーで病院へ行く。

鍵を閉めないで外出する。

不安しかなかった。


2023.08.12

母入院・手術

ショートステイも検討したが、父はデイサービスでも暴れて帰る。

施設からも

「ショートステイは難しい」

と言われた。

結局、私が毎日通った。

  • 風呂

  • 食事

  • 火の元確認

それだけでも体にこたえる。

一番つらいのは金銭面だった。

タクシー代
弁当代
交通費

生活はギリギリだった。

母には生活保護の申請も勧めた。

しかし返事は

「もう少し頑張る」

だった。

私は心の中で思った。

「もう迷惑なんだよ」

私は冷たい人間なのかもしれない。


2023.12

電話地獄

朝7時から電話。

父はあちこちに電話をする。

  • 今日退院すると聞いた

  • 容態が悪いと聞いた

  • 面会できると言われた

  • 声を聞かせろと病院へ電話

病院からも連絡が来る。

ヘルパーが作った食事も

「こんなもの食えるか」

と食べない。

家に帰ると

「母さんがいない」

と言う。


2023.12.23

母退院

本当はまだ入院予定だった。

しかし父の状態が悪く、母の希望で早く退院した。

数年前まで元気だった父。

椅子に座り、うなだれている父を見ると

寂しさと
怒りと
どうにもならない気持ちが

今も胸に残っている。

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