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生きる意味が分からない。それでも今日、桜を見に行こうと思った

2026-03-29

※この写真は以前撮ったものですが、今日はこの桜を見に行こうと思います

毎日、頭の中でその問いがぐるぐると回り続けています。

金曜日、精神科に行った帰りもそう思いました。

それでも「親より早く死ねない」という理性が、辛うじて踏みとどまらせています。
でも、考えること自体がもう、耐えがたい苦痛です。

精神科に通うという現実

2019年12月、メンタルの病院に行きました。
かなり昔にお世話になったことはありますが、もう自分には縁がないと思っていた場所です。

正直、今でもよく分かりません。

なぜ自分が精神科に通っているのか。
本当に分からないんです。

2017年に体に異常を感じてから、精神科に行くまでの2年間。
他人から見れば甘いのかもしれませんが、自分なりに必死に頑張っていました。

それでも2019年、「精神科に行ってください」と言われたとき、
頭に浮かんだのは一つだけでした。

「え、自分が精神科?」

ただそれだけでした。

精神科が悪いわけではありません。
でも、世間からどんどん取り残されていく感覚だけは、はっきりとありました。

それでも最初は、まだ何とかなると思っていました。
面接にも行きました。

でも体調が悪くなるにつれて、できることが減っていき、
気づけばこう思うようになっていました。

「自分って、こんなに何もできない人間だったのか?」

そこからは、諦めることが増えていきました。

そして気づけば、毎日同じ問いを繰り返していました。

「何で生きているんだろう」


答えのない問い

一度諦めた人間は、糸が切れた凧のように漂います。

私がダメ人間だからでしょうか。

一生懸命、本当に一生懸命に考えても、
どこにも「答え」なんて落ちていないのです。

始まりは突然だった

2017年、叔母の家に向かう途中で襲われた吐き気。

原因は今も分かりません。
いつもと同じ朝だったのに。

自分の体の悲鳴に気づかなかったからなのか。
その罰なのかとさえ思いました。

出口のない6年間

うつ病と吐き気に苦しみながら、出口を探し続けて6年。

友人のアドバイスで障害年金を知り、社労士に相談しました。
何度も断られました。

それでも、手を差し伸べてくれた事務所に出会い、
今は障害年金を受給しています。

でも、現実は何も変わりません。

生活が楽になるどころか、
増え続ける医療費が、さらに自分を追い詰めています。

今も毎日、スマホが友達のような日々です。
そのせいで首まで悲鳴をあげています。

整形外科に行きたくても、精神科、消化器内科、耳鼻科。
そこにさらに整形外科まで増えたら、医療費ごと共倒れになってしまいます。

何かおかしくないですか?

政治家はいいですね。選挙で勝って3万円のカタログギフト。
私や多くの人は、物価高騰対策で各自治体から5,000円相当。
正直、よく分かりません。

何かおかしくないですか?

何を言ったところで仕方ないのかもしれません。
でも、何か違う気がして仕方がありません。

終わりを考えたこと

何度も、何もかも終わりにしたいと思いました。

姉が離婚をしてお金がない時、よくお風呂場に紐がかかっていたと子どもたちから聞いたことがあります。
だからなのかもしれません。姉が亡くなって警察の方が来た時、子どもたちの落ち着きぶりに驚いたそうです。
死に場所を探していた姉を、間近で見ていたからかもしれません。

自分も以前、散歩ができた頃は急に高いマンションの前で立ち止まり、ただ上を見上げたことがありました。

散歩ができなくなって落ちた時は、マンションの階段から下を見て、ただじっと立ち尽くしていたこともあります。

このまま生きていても、待っているのは孤独死という結末ではないか。
また周囲に迷惑をかけるだけではないか。
そんな考えが、頭から離れません。

「意味のない人生」はいらない

「いつか生きたいと思える日が来る」

そういう言葉があります。

でも、それを待つ人生は、本当に生きていると言えるのでしょうか。

毎年千鳥ヶ淵に桜を見に行く楽しさも、
年に数回楽しみにしていた友達との食事も、
お祭りの縁日に行くことも、
旅行に行くこともできません。

何もできないんです。

そんな人生が楽しいわけがありません。

私はそんな生き方をしたいとは思いません。

誰でもそうだと思いますが、
やっぱり必要とされる人間になりたいと思っています。

過去の自分に酔って、引きずられているのかもしれません。
それでも、意味のない人生をただ漫然と続けることには耐えられないのです。

今、この瞬間の気持ち

意味を知りたい。
答えの出ない意味を、ずっと探しているのだと思います。

自分が生き続ける理由が欲しい。
それがないまま、お金のことをずっと考えて、
明日も、1ヶ月後も、今と同じ苦しい毎日が何年も続くのかと思うと、
障害年金が止まったらと思うと、ぞっとします。

「もう全部終わりにしたい」

そう思わない日はありません。

明るい未来も、期待できる明日も見えません。

ただ「意味」という答えだけを求めて、
私は今日も、この暗闇の中で立ち止まっています。


それでも今日は、
頑張って家の近所の桜を見に行きたいと思います。

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自己紹介

はじめまして、Mamoruです。

このブログのタイトル「MACLIFELab」は、はじめは「MACLIFE」としてスタートしました。その後、私自身のうつ病や父親の認知症などが重なり、サイトをまるっきり更新できない時期も長くありました。

そんな苦しい日々を送っていく中で、いまの私や認知症の父を支えてくれているのは、間違いなく「人」であり、そして「Mac」や「iPhone」でした。

接している人は少ないかもしれません。しかし、Appleやガジェットがくれる「時間」と「心の余裕」に、私は何度も助けられてきました。介護や体調管理という厳しい現実も、テクノロジーを上手に頼りながら、少しずつ生活を整えていく感覚で向き合っています。

日々の生活では、近くに住む父の認知症介護の手伝いや、自分自身のうつ病・脂質異常症(糖尿病予備軍)といった体調と向き合いながら過ごしています。体調が良い時の趣味は、ポケモンGOや近所の散歩です。

2012年から続けているこのブログでは、Appleの進化とともにテクノロジーと向き合いながら、「便利さの先にある自分らしい暮らし」をテーマに、自分の視点で率直に想いを綴っています。

ときにAppleやガジェットに対して辛口になることもありますが、それもすべて、一人の愛好家としてのリアルな感想であり、愛着の裏返しです。