2026年3月10日火曜日

2時間半かけて辿り着く実家。拒絶の果てに、母はまた耐える

画像はAIGemini)で生成したイメージです


昨日、介護サービスから届いた母の異変。

今日、私は重い体を引きずるようにして実家へ向かった。


普通なら40分弱で着く距離だ。


けれど、電車に乗ると猛烈な吐き気に襲われる私にとって、それは 2時間半の長旅 になる。

どの駅のどこにトイレがあるか、すべて頭に叩き込んである。


一駅進んでは降り、呼吸を整える。

実家に着く頃には、心身ともに削り取られていた。


実家に着くなり、父から電話で頼まれたポカリスウェットを渡す。


「買いに行ったけど、どこにもなかったんだよ」


そう言う父の足元には、きっと探しきれなかった現実が転がっている。



「うちの奴」という、都合のいい言葉


寝込んでいる母に救急車を勧めたが、母はやはり父のことを気にして「大丈夫」と首を振る。


そこへ介護サービスの方が来て、父のショートステイの説明が始まった。


「なんで行くんだ」

「泊まりは嫌だ。うちの奴が具合悪いのに」


父は何度も繰り返した。


普段は母のことを「知らない人」や「友達」と呼んで混乱しているくせに、

こういう時だけは 「うちの奴」 という言葉を使って、そばに居座ろうとする。


母の気が休まるように、という周囲の配慮は、父の頑なな拒絶にかき消されていく。


結局、ショートステイは立ち消えになった。


母も

「お父ちゃんには無理だと思うよ。キャンセル料は払うから断る」

と、力なく笑った。


私も、父と話してみて確信した。

今の父を無理やり預ければ、さらなるパニックとトラブルを招くだけだ。



「こんなもんだよな」という諦念


短時間の滞在で、母に

「無理しないで救急車を呼んでね」

とだけ伝え、私は実家を後にした。


帰路の途中、スマホが震える。

介護サービスからの、予定通りの「キャンセル」の連絡だった。


知っていた。

こうなることは、分かっていた。


認知症だから、本人は何も考えていない。

悪意さえない。


けれど、その 「無邪気な拒絶」 によって、

体調を崩した母が休まる時間は奪われ、

私の必死の往復は、ただの「確認作業」に終わる。


母はきっと、今回も簡単には救急車を呼ばないだろう。


父という重石を抱えたまま、

沈みゆく船の上で耐え続ける。



「うまく言えないや」


脳裏に浮かぶのは、

実家の玄関で見た、どこか他人事のような父の顔と、

布団の中で小さくなっていた母の背中。


2時間半かけて帰る電車の窓に、

出口のない家族の肖像 が映っていた。



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