2026年3月20日金曜日

父に似ていく自分

※画像はAI(ChatGPT)で生成したイメージです。



父から電話がかかってくるたび、

心のどこかで「父が倒れたのではないか」と思う自分がいる。

そして画面に表示された名前が父だと分かった瞬間、
私は露骨に声のトーンを落とす。

きっと周りから見たら、
私はとても冷たい人間に見えるのだと思う。

私が引きこもるようになった理由は、吐き気だけではない。
皮肉なことに、そのもう一つの理由は父にある。


私は、認知症になってから周囲に迷惑をかけ続ける父が嫌いだった。

けれど気づけば、自分もまた別の形で
人に迷惑をかけなければ生きられない存在になっていた。

父は母と散歩に出たとき、
一度座り込むと自力では立ち上がれない。

腰の曲がった母には、父を支える力はない。

母はシルバーカーを使って買い物に出掛ける。
だが父は、つまらないプライドからそれを頑なに拒む。

そのくせ疲れて母が「もう帰ろう」と言うと、
母のシルバーカーを借りて歩き出す。

結局、母も一緒に家に戻ることになり、
二度手間になる。



父は以前住んでいた家に執着があるのか、
電話でもこう言う。

「5丁目の家にテレビが置いてあるんだよ」
「釣り竿もあるんだ」

もう前の家には別の人が住んでいると説明しても、
なかなか納得してもらえない。

母と話していても5丁目の家の話が出るらしく、
母は散歩がてらその家を見に行く。

だが父は途中で疲れて座り込む。
そして、もう立ち上がれなくなる。

母から電話で聞くが、
近くの人に声を掛けて起こしてもらったことは何度もあるそうだ。

自分の思い込みを確認したいがために、
周りの人に迷惑をかける。

結局は、他人の善意を当てにしなければならない。

そんな父や、
他人にお願いする母の姿が、
私は嫌でたまらない。


でも残念なことに、その姿は
今の私と残酷なほど重なってしまう。

私は朝早くても8時過ぎ、
遅ければ10時過ぎに起きる。

10時を過ぎると、朝ごはんは食べない。

食べたとしても
6枚100円ほどの食パンを1枚。

昼は、3食入りで100円ほどのうどん。
カップ麺の大盛りとおにぎりを食べる日は、
私にとっては少し贅沢な昼食だ。


起きてからやることは決まっている。

掃除機だけは必ずかける。

お風呂は入る日もあれば入らない日もある。
洗濯は3日に一度。

逆に言えば、
それだけで精一杯だ。


今でも社会復帰したいとは思っている。

でも、もう数年前になるだろうか。
頑張って面接に行ったことがある。

会社に着いた瞬間、
猛烈な吐き気に襲われた。

トイレにこもり、
なんとか面接だけは受けた。

だが、いつ吐いてもおかしくない状態だった。

それ以来、
面接に行くことも諦めた。


今の私は、
一日中家にいる。

スマホを12時間触り、
夜は0時から1時に寝る。

そしてふと思う。

結局、
私は父と変わらないんじゃないか、と。

あんなに嫌っていた父と、
そっくりじゃないか、と。


社会復帰したいというプライドを
捨てきれない時期もあった。

頑張ろうとした日々もあった。

でも今は、
もう諦めに近い。

障害年金が止まったら、
私は終わりだと思う。

診断書だって8000円する。
治療費と合わせれば1万円だ。


結局、私は父を嫌いながらも
父と同じだ。

公的機関の助けがなければ生きていけない。

将来は、
おそらく生活保護になるだろう。


こんな生活が惨めだと思わないわけではない。

時々、こたつに入りながら
スマホを握りしめて
不安になって泣いてしまうこともある。

昔、会社で皆から頼られていた自分はもういない。

ハイブランドの洋服を着ていた自分もいない。
友達から「同じ服を着ているのを見たことがない」と言われた自分もいない。

3ヶ月ごとに車を乗り換えていた自分もいない。

結局、
お金の使い方も父と同じだったのかもしれない。

若い頃は、
ただの自己満足だったのだろう。


今思う。

惨めではあるけれど、
嫌いな父のように
無自覚のまま人を巻き込み続けるよりは、

この閉ざされた静かな生活の方が、
まだ自分を納得させられる。


鏡の中に映る
「父に似た自分」を、
私はまだ直視できない。

だから今日も、

父からの電話の着信音が鳴るたび、
私は息を潜めるようにして
それをやり過ごしている。


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