2026年3月14日土曜日

記憶の檻。父が「ひとり」を拒む本当の理由

画像はAIGemini)で生成したイメージです


 最近、母がふと漏らした。


「お父ちゃんは、認知症になってから一人になるのを異常に嫌がっている気がする」


かつての父は、仕事も家事もテキパキとこなし、何でも一人でできる人だった。

掃除も料理も、母よりマメだった。


そんな父が今、母が少しでも不在にすると、不安に駆られたように私に電話をかけてくる。


それは単なる「老い」や「病気」による不安なのだろうか。


私の記憶の断片を手繰り寄せると、別の景色が見えてくる。



激しい独占欲と、拭えない疑念


思い返せば、父は昔から、母の帰りが遅いことに異常なほど怒る人だった。


私が小学生の頃。

学校の集まりで母の帰宅が夜9時を過ぎようものなら、


「帰ってきたら水をぶっ掛けてやる」


と息巻いていた。


姉が必死に止めていた光景を、今も鮮明に覚えている。


そして30代の頃、姉から聞かされた衝撃的な事実がある。


かつて両親が大喧嘩をした際、父は母に対し


「子供の手を引いて他の男に会っていただろう」


と詰め寄ったという。


母が

「誰に聞いたのか、その人に会わせて」

と迫ると、父は


「相手に迷惑がかかるから言えない」


と言って逃げた。


その話が真実なのか、あるいは父の被害妄想だったのかは、母にしか分からない。


けれど父は、その 「疑惑」 を抱えたまま生きてきたのではないか。


どんなに遅い時間になっても実家の伊勢崎から日帰りで帰宅していたこと。

祖父の介護中、酒に酔って母に暴力を振るい、翌朝土下座して謝ったあの事件。


その根底には、母を繋ぎ止めておかなければならないという、歪んだ恐怖心があったのかもしれない。



認知症が暴く、心の古傷


認知症という病気は、新しい記憶を消し去る一方で、

心の奥底に沈殿していた古い感情を、生々しく浮き上がらせることがある。


父がショートステイを頑なに拒むのは、

施設が嫌だという以上に、


「自分が家を空けている間に、また母がどこかへ行ってしまうのではないか」


という数十年前の記憶が、今の彼を突き動かしているのではないか。


本人にとって、それは「嘘」でも「妄想」でもない。


今この瞬間、目の前で起きている「現実」と同じ熱量を持った、消えない痛みなのだ。


母が入院していた時も、父はよく嘘をつき、人に迷惑をかけてもそれを認めようとしなかった。


当時はただ困り果てていた。

けれど今思えば、あれも自分を守るための、彼なりの必死な防衛本能だったのかもしれない。



「ひとりになりたくない」


父のその言葉は、

私たちが想像する以上に、暗く、長い年月をかけた孤独と疑念の叫びなのかもしれない。


母が横で見せている小さな安堵の裏側で、

父は今も、数十年前の霧の中に閉じ込められたまま、


母の影を追い続けている。

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