2026年3月12日木曜日

身勝手な鏡。父が寝込み、母が少し笑う理由

画像はAIGemini)で生成したイメージです


昨日、2時間半かけて辿り着いた実家。


母の体調が気になり、今日もお昼前に受話器を取った。

まだ動けないのなら、せめてお弁当でも届けてあげなければ……そんな思いからだった。


電話に出た母の声は、まだ本調子ではなかった。

けれど、起き上がれていることに安堵したのも束の間、母は意外なことを口にした。


「今度は、お父ちゃんが戻して病院に行ったのよ」


耳を疑った。


母が嘔吐して寝込んでいた時、そばで「大丈夫、大丈夫」とのんびり構えていた父。

それなのに、いざ自分の身に同じことが起きると、迷わず病院へ駆け込むのだ。


心の中で、猛烈に 「どうなの?」 という言葉が渦巻いた。


母への無関心と、自分へのあまりに手厚いケア。

その落差があまりに激しくて、やりきれない。


原因は食あたりではなかったようだ。


水曜日のデイサービスを境に、母、そして父へと連鎖している症状。

おそらく、外部から持ち込まれた何らかのウイルスなのだろう。


けれど、実家には不思議な空気が流れていた。


父が体調を崩して寝込んでいる状況を話す母の声が、どこか、心なしか 嬉しそうに聞こえた のだ。


不謹慎かもしれないが、その気持ちは痛いほどよく分かる。


認知症の父に振り回され、一挙手一投足に神経を尖らせる日々。

父が静かに寝てくれている時間は、皮肉にも、今の母にとって唯一 「自分のペース」を取り戻せる平穏な時間 なのだ。


父の身勝手さが、図らずも母に束の間の休息をもたらすという、歪なバランス。


「うちの奴」が倒れても平気だった父が、

自分の痛みには人一倍敏感であること。


実家のカレンダーは今日も狂いなく進んでいる。

けれど、そこで営まれている日常は、どこまでもチグハグで、ままならない。


私はポカリスウェットの残像を思い出しながら、

少しだけ苦い笑いとともに電話を置いた。




0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。