そして、決して届かない「もしも」の断片を、一つひとつ拾い集めては溜息をつく。
もし今、私にうつ病という鎖がなく、以前のように元気に働けていたなら。
母の肩に食い込む介護の重荷を、もっと軽くしてあげられたのではないか。
もし私に、あの頃のような蓄えがあったなら。
「どこか他に住むところはないか」と縋るような声で電話してくる父に、別の選択肢を提示してあげられたのではないか。
金を無心してきた姉に、突き放すのではなく、そっと余分に握らせてあげられていたら。
姉の人生もまた、違う色に染まっていたのではないか。
毎日、決まった時間にスマホが震える。
受話器の向こうの父は、今の生活から逃げ出したい一心で、同じ言葉を繰り返す。
「他にも住むところないかな?」
私はそのたびに、冷たく、残酷な現実を言葉にして返さなければならない。
「ないよ。その年齢じゃ部屋は借りられないんだよ」
「お金だって、ものすごくかかるんだよ」
父を突き放したいわけではない。
けれど、今の私には父の願いを叶える「力」がない。
かつての私は、大企業ではないにせよ、それなりの給与をもらい、自分の足でしっかりと立っていた。
一体どこで、私の人生の歯車は狂い、これほどまでに無力になってしまったのだろう。
数年前、亡くなった伯父の次男から兄が亡くなったからと「家の保証人になってほしい」と電話があった。子供の頃、よく一緒に遊んだ親戚のお兄さんだった。
そのお兄さんももう何十年もうつ病で無職だった。
けれど、うつ病で無職だった私には、自分一人の命を守るのが精一杯だった。
誰かの人生を背負う余裕なんて、ひとかけらも残っていなかった。
無碍に断るしかなかった。
その一年後、母から警察から連絡があり、彼は孤独死したと聞いた。
「病気だから、仕方ない」
自分自身でも何度もそう言い聞かせてきた。
けれど、理屈では割り切れない「情」が、胸の奥でずっと疼き続けている。
大切に思っているからこそ、何もできなかった自分がいる。
そして今も、何もできない自分がいる。
その事実が、刃のように胸を刺す。
お金があったとしても、何も変わらなかったかもしれない。
それでも、もう少し、何かできたんじゃないかと思ってしまう。
父に「いいよ、探してみようか」と言ってあげられる余白が、どこかにあったのではないかと。
今の私には、父の幻想を打ち砕く「現実」を突きつけることしかできない。
かつての自分が手にしていた「力」の残骸を数えながら、この無力の海で、今日をやり過ごしている。
鳴り止まない電話の着信音が、今日も部屋に響く。
まるで、私の無力さをあざ笑うかのように。
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