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「『殺される』と叫ぶ声を聞いて、考えさせられたこと」

2026-09-11
画像:生成AI(ChatGPT)で作成

「殺される」と叫ぶ声が聞こえてきた

先日、マンションの1階に降りた時のことです。

外から「殺される!」という声が聞こえてきました。

何事かと思い、慌てて外に出てみると、そこにいたのは大家さんでもある管理人ご夫婦でした。

ご主人が奥様の手首をつかみ、管理人室に入ろうとしていました。しかし奥様は「殺される、殺される」と叫び、頑なに管理人室へ入ろうとしません。

奥様の声がかなり大きかったこともあり、近所の男性1人、女性1人も駆けつけてくれました。

女性の方は奥様の肩を抱き、「大丈夫、大丈夫」と声をかけていました。

それでも奥様は「殺される」と叫び続け、自分で自分の頭を拳で何度も叩いていました。

肩を抱いていた女性が、ご主人に「手を離してあげてください」と声をかけました。

するとご主人は、「手を離すと1人で走っていってしまう」と話しました。

そして、その直後だったと思います。

ご主人が持っていたカバンで、奥様の頭を叩き始めました。

その時、ご主人は「妻は最近いつもこうなんです」と話していました。

奥様は「痛い、痛い」と言い始め、その後、肩を抱いていた女性に対しても「あなたも痛いのよ」と言い始めました。

しばらくして、ご主人がつかんでいた手が離れると、奥様は一目散に走っていきました。

幸い、走っていった方向が交通量の多い道路ではなかったことは本当に良かったと思います。

先ほどの女性が奥様を追いかけ、何とか追いついて宥めていました。

警察や救急車を呼んだほうがいいのではないか

その間、私はご主人と、最初に駆けつけてくれた男性の方と話をしていました。

私は、「警察か救急車を呼んだほうがいいのではないでしょうか」と話しました。

それが正しい判断だったのかは、今でも分かりません。

ただ、ご主人が言った「妻はいつもこうなんです」という言葉が、なぜか頭に残っていました。

もしかしたら家でも同じようなことが起きているのではないか。

そんなことまで考えてしまったからです。

もちろん、実際に家の中で何が起きているのかは私には分かりません。

だからこそ、あの場面だけを見て何かを決めつけることはできないと思っています。

ただ、目の前で起きていることを見て、「これは救急車などを呼んだほうがいいのではないか」と感じたのは事実です。

その時、駆けつけてくれた近所の方が、「私、救急車を呼びます」と言って、自宅へ戻っていきました。

その頃には、奥様も女性に肩を抱かれ、先ほどよりは少し落ち着いてきたように見えました。

自分の父のことを話しました

私はその場で、管理人のご主人に、自分の父の話をしました。

「私の父も、母のことが理解できなくなっていて、かなり困っているんです」

そんな話をしているうちに、救急車を呼びに行った男性の奥様でしょうか、別の女性が来ました。

それまで管理人の奥様と話していた女性と、その方が一緒になって奥様に声をかけ始めました。

後から来た女性は管理人の奥様のことをよく知っているようで、話をしているうちに、奥様もかなり落ち着いてきたように見えました。

そのうちに、救急車を呼びに行った男性も戻ってきて、「救急車を呼びました」と教えてくれました。

その後、管理人のご主人から「迷惑をかけました」と頭を下げられました。

ここまでかなと思い、私と最初に駆けつけた女性は、その場を離れることにしました。

認知症について考えさせられた

部屋に戻ってからも、しばらくその出来事が頭から離れませんでした。

「認知症というのは、ここまで変わってしまうことがあるんだな」

そんなことを考えていました。

もちろん、今回のことが認知症だけによるものなのか、私には分かりません。

ただ、私の父も認知症が進んできており、最近は母のことが分からなくなっています。

幸い、父は今のところ暴力を振るうことはありません。

それでも、介護サービスの方からも言われているように、もし父が母に暴力を振るうようなことがあれば、「その時は警察を呼ぶんだよ」と母には話しています。

1年前は、そんな姿を想像もしなかった

今回の出来事で、もう一つ考えさせられたことがあります。

私は以前、このご夫婦をマンション内でよく見かけていました。

1年ほど前には、ご夫婦でコンビニへ買い物に行っていたり、奥様が1人で買い物に出かけている姿を見かけた記憶もあります。

どちらかというと、エレベーターで見かけるご主人のほうが、「体調は大丈夫なのかな」と心配になることもありました。

それが、今回目の前で見た光景です。

最近になって、ゴミ置き場に見慣れない自転車が置いてあったり、大家さんが住んでいる階から、これまであまり見かけなかった人がエレベーターで降りてくることも増えていました。

今思えば、奥様のことで何か対応していたのかもしれません。

もちろん、これも私の想像にすぎません。

でも、外から見ているだけでは分からないことが、家庭の中では起きているのかもしれない。

そう思いました。

施設に入ることは、本当に簡単ではない

大家さんなのだから、それなりに収入もあるのではないかと私は勝手に思っています。

それでも、施設に入れるというのは簡単なことではないのかもしれません。

あるいは、私の父と同じように、本人が調子の良い時には「施設には入りたくない」「自由がなくなるのは嫌だ」と意思表示をしているのかもしれません。

本人が嫌がっているのに、家族が施設へ入れる。

それが本当に正しいのか。

私自身、父の施設入所について以前からずっと悩んできました。

母も周囲の人から「無理に施設へ入れても駄目だよ」と言われているようですし、父を施設に入れた後、自分自身がどのように生活していくのかということも考えていると思います。

父を施設に入れることを、改めて考える

先日も書きましたが、以前、父が夜中に母を家から追い出すということがありました。

今のところ父が暴力を振るうことはありませんが、認知症がさらに進んだ時に何が起きるのかは分かりません。

今回、たまたまその場にいたことで、私はご主人が奥様をカバンで叩いているところを目にしました。

だからこそ、「警察か救急車を呼んだほうがいいのではないか」と考えました。

それが正しかったのかどうかは分かりません。

ただ、あの光景を見て、介護する側もされる側も、限界を超えてしまう前に誰かに助けを求めることが大切なのではないかと思いました。

本人の意思を尊重すること。

家族の生活を守ること。

そして、介護する側が限界まで我慢しないこと。

どれも大切ですが、すべてを同時に叶えるのは本当に難しい。

もしかすると、今の我が家も「父を施設に入れるか、それとも家族がどこまで頑張るか」という、そんな我慢比べのようなところに入っているのかもしれません。

今回の出来事を見て、改めて父のこと、母のこと、そして施設に入るということについて考えさせられました。

本当に、難しい問題です。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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自己紹介

はじめまして、Mamoruです。

このブログのタイトル「MACLIFELab」は、はじめは「MACLIFE」としてスタートしました。その後、私自身のうつ病や父親の認知症などが重なり、サイトをまるっきり更新できない時期も長くありました。

そんな苦しい日々を送っていく中で、いまの私や認知症の父を支えてくれているのは、間違いなく「人」であり、そして「Mac」や「iPhone」でした。

接している人は少ないかもしれません。しかし、Appleやガジェットがくれる「時間」と「心の余裕」に、私は何度も助けられてきました。介護や体調管理という厳しい現実も、テクノロジーを上手に頼りながら、少しずつ生活を整えていく感覚で向き合っています。

日々の生活では、近くに住む父の認知症介護の手伝いや、自分自身のうつ病・脂質異常症(糖尿病予備軍)といった体調と向き合いながら過ごしています。体調が良い時の趣味は、ポケモンGOや近所の散歩です。

2012年から続けているこのブログでは、Appleの進化とともにテクノロジーと向き合いながら、「便利さの先にある自分らしい暮らし」をテーマに、自分の視点で率直に想いを綴っています。

ときにAppleやガジェットに対して辛口になることもありますが、それもすべて、一人の愛好家としてのリアルな感想であり、愛着の裏返しです。