SNSって、こんな感じだったっけ?昔のネットが懐かしく感じる理由
2026-09-15最近、Xを使っていて「なんか昔と違うな」と感じることが増えてきました。
Xが嫌いになったわけではありません。
今でも自分の日常を投稿したり、そこにリプをくれた人と話したりするのは楽しいです。
ただ、以前に比べて「SNSって、こんな感じだったっけ?」と思うことが多くなりました。
単なるXへの不満というより、SNSそのものが少し変わってしまったような気がするのです。
「仲良くしてください」と言われても……
最近よくあるのが、
「仲良くしてください」
「よかったらフォローしてください」
「たくさんお話ししたいです」
という投稿やリプです。
もちろん、本当に仲良くなりたいと思っている人もいるでしょう。
でも、こちらがフォローしても、相手はフォローしてくれない。
こちらは相手の投稿を見るけれど、相手が自分の投稿を見るわけではない。
それなのに「リプください」と言われる。
もちろん、相互フォローが絶対に必要だとは思っていません。
でも、せっかくならお互いの投稿をたまに覗いて、
「こんなことしてるんだ」
「この話、面白いね」
「そういえば前にこんなこと言ってたよね」
というところから会話が広がったほうが、ずっと楽しい。
こちらだけが相手の投稿を見て、相手のためにリプをするだけになってしまうと、どうしても一方通行に感じてしまいます。
フォロワーやリプを増やすことが目的になっていないか
もちろん、フォロワーが増えることは悪いことではありません。
フォロワーが多ければ投稿を見てもらえる人も増えますし、情報発信をしている人にとっては大きな意味があります。
noteなどの有料コンテンツを販売している人や、自分の商品・サービスを紹介している人なら、フォロワーを増やすことがそのまま活動につながることもあるでしょう。
でも、個人同士の交流まで「フォロワーを増やすための手段」になってしまうと、少し寂しい気がします。
「仲良くしてください」という言葉も、
「あなたと話したい」
という意味なのか、
「自分のアカウントを大きくしたい」
という意味なのか。
こちらからは分かりません。
写真も文章も、なんだか似ている
もう一つ最近感じるのが、投稿される写真や文章の「型」です。
例えばコスプレの写真。
チャイナ服、制服、メイド服など、似たような写真が流れてきます。
もちろん、コスプレが好きな人がたくさんいるだけなのかもしれません。
でも、写真の撮り方まで似ていることがあります。
顔の一部を隠したり、口元をハートのスタンプで隠したり。
さらに文章まで、
「恥ずかしいけど載せてみました」
「似合ってるかな?」
「可愛いって言ってもらえたら嬉しい」
「自信がないけど勇気を出しました」
というようなパターンが続きます。
一人なら何とも思いません。
でも、似たような写真と文章が何人ものアカウントから流れてくると、
「これって、SNSで反応をもらいやすい定型になっているのかな?」
と思ってしまいます。
もちろん、本当にその人がそう感じて書いている可能性もあります。
だから「全部嘘だ」と言いたいわけではありません。
ただ、あまりにも似ていると、その人自身を見ているのか、それともSNS向けに作られた投稿を見ているのか、分からなくなってきます。
本当に本人なのか、という問題もある
さらに今のSNSには、「この人、本当に本人なのかな?」という問題もあります。
プロフィールには、
「26歳」
「会社員」
「恋愛経験がない」
「年上が好き」
「寂しい」
など、いろいろなことが書かれています。
でも、それが本当なのかどうかは、こちらには分かりません。
写真だって本人なのか、加工なのか、AIなのか、別人なのか。
もちろん、全部本当の人もいるでしょう。
でも、ネット上では確認する方法がありません。
そう考えると、こちらが真剣に相談に乗ったり、親しく話したりしていても、自分が知っているのは「そのアカウントがそう名乗っている」ということだけなんですよね。
しかも最近は、「私のことをもっと知ってほしい」とnoteに誘導する人も増えました。
しかも有料。
いや、本当にきちんと書いている人もいると思います。
でも、
「数量限定」
「購入してくれた人とはLINEでやり取り」
なんて書いてあると、
「オイオイ、そのLINE ID、LINE公式アカウントじゃないの?」
とツッコミを入れたくなります。
そもそも、自分のことを知ってもらいたいのなら、何で有料にするんだ?
知ってもらいたいなら、多くの人に読んでもらえる無料のほうがいいんじゃないの?
そんなことを思ってしまいます。
昔のネットにも、もちろん嘘をつく人はいました。
ただ、今はAIで画像も作れるし、文章だって簡単に作れる。
「本当にその人なのか」という疑問は、昔よりずっと大きくなっている気がします。
昔のSNSは、もっと雑だった
自分が昔のSNSを懐かしく感じるのは、たぶんここなんだと思います。
昔は、もっと投稿が雑でした。
でも、その「雑さ」が面白かった。
自分が初めて買ったMacがPowerBook 170だったと書いたら、
「えっ、170が初Macなの?当時いくらしました?」
なんて聞いてくる人がいた。
プロフィールに「借金トッシュ」なんて書いていたら、
「借金トッシュって何だよ(笑)」
と突っ込んでくれる人がいた。
そこから話が始まる。
何度かやり取りしているうちに仲良くなる。
そして、ネットの中だけではなく、オフ会で実際に会う。
今考えると、すごく楽しかった。
「その人」に興味を持っていた
昔のSNSでは、フォロワー数よりも、
「この人、面白いな」
というところから人間関係が始まっていた気がします。
プロフィールに書いてある属性よりも、投稿の中にあるちょっとした一言。
そこから、
「それってどういうこと?」
と会話が始まる。
だから、知らない人でも少しずつその人のことが分かってくる。
今は逆に、
「どうすればフォローされるか」
「どうすればいいねが付くか」
「どうすればリプが増えるか」
という、SNS上での「正解」がかなり共有されているように感じます。
投稿そのものより、「どう見せれば反応されるか」が先にある。
SNSを上手に使うことが、昔よりずっと上手くなった。
でも、その一方で「人と人が偶然つながる面白さ」は、少し減ってしまったような気もします。
「ネットで遊ぶ」から「SNSを運用する」へ
昔は、ネットで遊んでいた。
今は、SNSを運用している。
そんな違いなのかもしれません。
フォロワーを増やす。
いいねを増やす。
リプを増やす。
インプレッションを増やす。
数字が見えるようになったことで、SNSそのものが「数字を育てる場所」にもなりました。
もちろん、それが悪いわけではありません。
仕事としてSNSを使う人には必要なことです。
でも、ただ誰かと話したいだけの人間からすると、
「なんだか疲れるな」
と思うことがあります。
それでも、自分はこういうSNSが好き
だから最近、自分はフォローする人をかなり整理しました。
「フォロワーを増やしたいから」ではなく、
「この人の投稿を読みたい」
と思える人を残したい。
自分自身も、日常のことを投稿しています。
そして、自分の投稿にリプをくれた人には、できるだけ返信する。
それくらいが今の自分にはちょうどいい。
相手にも常に自分の投稿を見てほしいわけではありません。
毎回リプしてほしいわけでもありません。
ただ、たまに相手の投稿を覗いて、
「おっ、こんなことしてるんだ」
と思ったり、
逆に相手が自分の投稿を見て、
「それ面白いね」
と話しかけてくれたり。
そんな関係が一番楽しい。
昔のように、
「この人、なんか面白いな」
から始まるSNSが、もう少しあってもいいんじゃないかなと思っています。
SNSがつまらなくなったというより、
SNSがあまりにも「上手に使える場所」になりすぎたのかもしれません。
昔のネットには、もう少し偶然がありました。
そして、その偶然から人と知り合う楽しさがありました。
自分が懐かしいと思っているのは、たぶんSNSそのものではなく、
「ネットの向こう側にいる人に興味を持てた時代」
なのかもしれません。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
MACLIFELab