2026年2月24日火曜日

毎日かかってくる電話。「伊勢崎に行きたい」――認知症の父と、募る殺意の影

「画像はAI(Gemini)で生成したイメージです」


前回の記事を書いてから、少し時間が経った。

状況は好転するどころか、父の妄望と執着は日増しに強まっている。


今は毎日、決まった時間帯に父から電話がかかってくる。内容はいつも同じだ。


「お母さんが伊勢崎にいるから、伊勢崎に電話したいんだよ」

「伊勢崎に、たまには顔を見に行きたいんだよ」


父の中では、目の前にいる母は「東京の彼女」や「前から知ってる人」であり、本当の妻(母)は故郷の伊勢崎にいることになっている。


私はもう、何百回目になるかわからない返事を繰り返す。


「今、家にいるのがお母さんだよ。ババ(母)でしょ」

→ 「いや、あれは前から知ってる人だよ」


「伊勢崎に行ったって、もう誰もジジ(父)の面倒を見てくれる人なんていないよ」

→ 「……誰かいないかね」


出口のない会話。

否定しても、説明しても、父の作り上げた世界には届かない。


そして最近、この不毛なやり取りに、さらに私の心を抉る言葉が加わった。


「朋美が電話に出ないんだよ。朋美の電話番号教えてくれ」


私の姉、朋美が亡くなってから、もう22年が経つ。

父にとっては自慢の娘だった。けれど、今の父の頭の中では、彼女はまだどこかで元気に暮らしていることになっているらしい。


「朋美は、もう22年も前に亡くなったでしょ」


私がそう告げると、父は受話器の向こうで、心底驚いたような声を出す。


「えっ……。朋美、亡くなったのか?」


昨日も言った。先週も言った。先月も、その前も。

父はそのたびに、娘を失ったばかりの新鮮な衝撃を、22年分凝縮して受け止める。


そして数分後には、その衝撃ごとすべてを忘れ、また「朋美の番号を教えろ」と電話をかけてくる。


死者を何度も殺し、遺された者の心を何度も切り刻む。

これが、認知症という病気の本当の恐ろしさだ。


正直に言おう。

もう、心が擦り切れている。


電話を切ったあと、一人で深呼吸をしても、胸の奥にどす黒い塊が沈殿していくのがわかる。


「もういい加減にしてくれ」「いい加減に死んでくれ」


そんな言葉が喉元まで出かかり、頭の中では殺意に近い感情が、一瞬、鋭く光る。


もちろん、実行するつもりなんてこれっぽっちもない。

けれど、そんな自分にゾッとするのと同時に、どこかで冷徹に納得している自分もいる。


ニュースでよく見る「老老介護の末の殺人」。

以前は「信じられない」と思っていたのに、今はその引き金に指をかけている人の震えが、痛いほどわかる。


認知症の父に悪気はない。脳が壊れていく病気がそうさせているだけだ。

それは百も承知だ。


それでも、毎日同じループに引きずり込まれ、罵声を浴び、存在を否定される母の姿を思うと、私の理性が悲鳴を上げる。


私は40分ぶんの距離を置いているから、まだこうして文章を書けている。

けれど、あの都営住宅の狭い一室で、母は毎日この「毒」を全身に浴び続けているのだ。


生活保護も、施設への入所も、経済という壁に阻まれたまま。

私たちは、ただ沈みゆく泥舟の上で、お互いの顔を見合わせている。


私は明日もまた、鳴り響く電話に出て、

「お母さんはそこにいるよ」「姉さんはもういないよ」と、届かない言葉を繰り返すしかない。

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