かなり前から覚悟はしていました。それでも、そのニュースはテレビの「とくだね」を観ている最中、ニュース速報として突然目に飛び込んできました。
その瞬間から涙があふれ出し、私はその日、何も手につかなくなりました。スティーブ・ジョブズが亡くなった。
「ジョブズがいないApple」というものを、私は想像できていなかったのだと思います。
■ 私が学んだ「究極の洗練」
天才なのか、狂人なのか、あるいはその両方なのか。今もなお多くが語られ、数多くの本が出版されているジョブズについて、私が付け加える言葉など何もないのかもしれません。しかし、Apple 50周年という節目に、私自身の「想い出」としてどうしても書き留めておきたいと思いました。
私とAppleの付き合いは、借金をして買ったPowerBook 170から始まりました。あの頃から、私にとって「パソコン」とは常にMacでした。それは単なる機械ではなく、自分の人生が変わることを予感させてくれる、本当に特別な存在だったのです。
ジョブズという人間が私の仕事にどう関係するのか、不思議に思われるかもしれません。しかし、私は確信しています。彼が掲げた「シンプルさこそが究極の洗練」という理念は、私の仕事において最も大切にしている指針であり、私の働き方を支え続けてきた紛れもない事実です。
■ 最大の「師」として
社会人生活の中で、多くの人から仕事を教わってきました。しかし、仕事をする上での最大の「師」は誰かと問われれば、私はジョブズだと答えます。
もちろん、会ったことも話したこともありません。それでも私は彼から多くのことを学びました。生き方、人生の目的、仕事に対する姿勢、こだわり。もしジョブズがいなかったら、私の考え方も人生も、今とはまるっきり違うものになっていたでしょう。
「多くの人に喜んでもらいたい」という思いを持ち続けられたのは、ジョブズがいたからです。彼のように世界を変えることはできなくても、身近な誰かに喜んでもらいたい。その思いを形にしたのが、このMACLIFELabです。
■ MACLIFELabという居場所
このサイトは、かつて「MacLIFE」という名前で立ち上げました。当時はiPhoneアプリのレビューが中心で、今読み返すと笑ってしまうような内容ですが、それでも「MacやiPhoneを紹介するのにふさわしい場所であり続けたい」という気持ちは変わりません。
私がやっていることは「究極の洗練」のごく一部に過ぎないかもしれません。しかし、自分が長く愛せる大切な場所を作ることができたのは、まさにジョブズが発表したiPhoneがあったお陰です。
2012年3月13日にスタートしたこのブログも、MACLIFELabとなり、多くの月日が流れました。それでも、皆さんに伝えたいことの1割も達成できていないと感じています。
今、ジョブズはこの世にいません。しかし私はこれからも、「シンプルさこそが究極の洗練」を心に置き、自分なりの場所で頑張っていこうと思います。
Apple 50周年に寄せて。
MACLIFELab
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