16時35分の着信。冷たい自分と、戻らないあの頃の父
2026年6月5日金曜日父から16時35分に電話があった。
父
「ジジだけど、mamoru?」
私
「どうしたの」
父
「どうしたのじゃないんだけど、暇なんだよ」
私
「年金生活者はみんなそうだよ」
父
「そうか…。ずっと妻と2人で、同じような毎日でさ。◯◯のところに電話したけど出ないんだよ」
私
「買い物にでも行ってるんじゃないの?」
父
「そうか。忙しいところ、悪かったね」
今でも、父からの電話にうまく気持ちを切り替えられない。
たったこれだけの会話でも、以前ブログに書いた通り、自分の冷たさがはっきり出ていると思う。
多分、父もそれを感じ取って、あやって急に電話を切るのだろう。
あの父の「電話魔」は、何なんだろうと思う。
これも以前書いたが、私の子どもの頃、父の友人から「母が他の男性と一緒にいた」という話を聞いたことがある。
それがきっかけなのか、父の中には「母がいなくなるかもしれない」という不安が、ずっと残っているのかもしれない。
父の本当の心は分からない。
認定を受けるとき、かかりつけ医の先生は「記憶障害や不安、見当識障害による典型的な症状です」と言っていた。
それでも母が入院していたとき、父が「声を聞かせてくれ」と病院に何度も電話をかけていた行動は、今思い出しても異常だったと思う。
その都度「ダメだよ」と伝えても無駄だった。
本当は「ダメ」と言うこと自体、よくないのかもしれない。
外に連絡をすることもある。でも、やっぱり他の人に迷惑はかけられない。
父にとっては、電話の向こうで話していることがすべて「現実」なのだろう。
■ 周囲を巻き込む電話と、隠れてかける不条理
先日も叔母からお父ちゃん入院してたの?て電話があった。え、て聞き直すとお父ちゃんから電話があってオレ入院しててて、家に帰って来たら誰も居ないんだよって。
父の認知症の状況を理解してない人からすると父の話を信じてしまい、結果として私に連絡が来て、一から説明しなければならないこともある。
そして不思議な事に、母親の事を理解していないのに、母が買い物に出た時や、お風呂に入った時に母親に気付かれないように電話をしている。
でも父からの電話も不思議なもので、数日父から電話がないと大丈夫かなと心配してしまう自分がいる。
元気で人に迷惑をかける父も困りものだが、元気がなく電話出来なくなる父も困りものである。
■ 割り切れない矛盾と、たった一つの願い
そして時々、思う。
自分のことは忘れてもいいから、せめて母のことだけは覚えていてほしい。
...そして、
ラジオ体操に行き、2時間散歩していたあの頃の父に戻ってくれないか、と。
父の「話したい」という気持ちを受け止めなければと思う。
それでも、「またか」とストレスを感じてしまう。
病気のせいだと頭では分かっていても、気持ちが追いつかない。
それが、正直なところだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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