「東京の彼女」と呼ばれる母。認知症の父と向き合う現実
2026-07-17今日も父から電話がありました。
内容は、いつものように「他に住むところはないのか」という話でした。
認知症になってから、この話は何度も繰り返されています。
母が入院したとき、父の介護認定の件でかかりつけ医の先生と話をしたことがありました。
また、私が通院している精神科の先生にも、父への対応について相談したことがあります。
その時、さまざまなアドバイスをいただきました。
もちろん、その方法でうまくいっているご家族もいると思います。
ただ、これは私自身が感じていることですが、認知症の父への対応についてネットやSNSで調べれば調べるほど、現実とのギャップを感じることがあります。
例えば、
・父に事実を伝えて納得してもらおうとしないこと。
・「帰りたい」と言われても否定せず、なぜそう思うのか気持ちに寄り添うこと。
・母を別人だと思っていても無理に訂正せず、父が安心できる世界に合わせて話をすること。
確かに、認知症ケアとしては大切な考え方なのだと思います。
でも私は、少し冷たい人間なのかもしれませんが、それは現実を目の前にしていない人だから言える理想論ではないかと感じてしまうことがあります。
私は両親と同居しているわけではありません。
父の認知症を24時間見ているわけでもなく、実家へ帰った時の父の様子や、父からの電話、そして母から聞く話で状況を知ることしかできません。
以前、父が母のことをまったく分からなくなった日がありました。
母から電話があり、私は慌てて実家へ向かいました。
その時、私は母に聞きました。
「なんで、こんなになるまで一人で抱え込んでいたの?」
母は少しだけうつむいて、静かにこう言いました。
「迷惑をかけたくなかったから。」
この一言は、毎日父と向き合ってきた母だからこそ出た言葉だったと思います。
その後、珍しく叔母から電話がありました。
「mamoru、ババが泣いてたよ。ずっと夫婦で暮らしてきたのに、お父さんに忘れられちゃったって……。」
その話を聞いた時、胸が締め付けられる思いでした。
だからこそ、「お父さんの世界に合わせてあげてください」と簡単に言われても、実際にその言葉を受け止める家族にとっては、とても辛いことなのです。
今の父は、もう母のことを妻として認識できません。
父は母のことを「東京の彼女」と呼びます。
思わず苦笑いしてしまうこともありますが、父は冗談ではなく、本気でそう信じています。
時々、どうしてこんなことになってしまったのだろうと思います。
父の頭の中では、過去と現在が入り混じり、現実とは違う世界が作られているのでしょう。
何十年も夫婦として積み重ねてきた思い出が消え、「東京の彼女」と暮らしていると思っている父。
その言葉を、隣で黙って聞いている母。
認知症という病気は、本当に残酷だと感じます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
MACLIFELab