また伊勢崎に帰りたいと言う父。気持ちは分かるけれど、私にも生活がある
2026-10-27![]() |
画像:生成AI(ChatGPT)で作成 |
画面を見ると、最近はあまりかかってこなくなった実家からの電話でした。
電話に出ると、父の声が聞こえてきました。
父:「マモル〜、元気? どうしているかなと思って」
私:「元気だよ」
父:「明日、伊勢崎に行こうと思ってるんだ。〇〇か〇〇のところに行こうと思ってる」
私:「誰も面倒見てくれないでしょ。行ってもダメだよ」
父:「行ってもダメかね」
父:「そうか。どうしているかなと思って。元気ならいいや。それじゃね」
これで電話は終わりました。
まあ、いつもどおりと言えば、いつもどおりの電話です。
でも、電話を切った後、また思ってしまいました。
また伊勢崎か……。
父は、やっぱり伊勢崎に帰りたいのだろうか
これまでも何度かブログに書いてきましたが、父は時々、伊勢崎に帰りたいという話をします。
父の姉や妹がいる場所です。
認知症の影響もあるのかもしれませんが、最近は、父が伊勢崎に帰りたいと思うこと自体は、ごく自然なことなのかもしれないと思うようになりました。
なぜなら、私自身にも似たような気持ちがあるからです。
私は、できることなら最期まで荒川区に住んでいたいと思っています。
亡くなった時に友人たちへ連絡してほしいとか、誰かに来てもらいたいとか、そんなことを考えているわけではありません。
ただ、荒川区には本当にたくさんの思い出があります。
子どもの頃からの思い出もあれば、大人になってからの思い出もあります。
楽しかったことも、嫌だったことも含めて、自分が生きてきた場所なんですよね。
だから、できれば最後までこの場所にいたい。
そう考えると、父が伊勢崎に帰りたいと思う気持ちも、少しは分かるような気がします。
以前は、認知症との関係を調べていた
以前は、父が何度も電話をかけてくることや、伊勢崎に帰りたいと言うことについて、インターネットで調べたこともありました。
認知症になると、なぜ故郷へ帰りたがるのか。
何度も同じことを話すのは、どうしてなのか。
そんなことを調べていた時期もあります。
でも、最近はほとんど調べなくなりました。
もちろん、認知症について知ることは大切だと思っています。
父の気持ちに寄り添うことも大切でしょう。
ただ、今の私は、知識を増やすだけでは解決できないことがあると感じています。
仮に何か良い対策が見つかったとしても、それを実行するためにお金がかかるのであれば、必ずしもしてあげられるわけではありません。
気持ちは分かる。でも、現実にはできないことがある。
最近は、そんなふうに考えることが増えました。
散歩もデイサービスも、結局はお金がかかる
父は、もともと外へ出ることが大好きな人でした。
だから、少しでも気分転換になればと思い、以前は週2回、散歩をお願いしていました。
でも、その散歩は母が無駄だと判断して、結局やめてしまいました。
私としては、外に出ることが好きだった父にとって、散歩には意味があったのではないかと思っています。
デイサービスについても、できれば回数を増やしてあげたいという気持ちはあります。
現在は週1回です。
もう少し利用できれば、父にとっても気分転換になるでしょうし、母の負担も少しは減るのかもしれません。
でも、回数を増やせば、その分お金がかかります。
散歩をお願いするにもお金がかかる。
デイサービスを増やすにもお金がかかる。
施設やショートステイも検討しましたが、そういう話になると、父は自分の意思をはっきり示します。
父自身にも、今の生活を続けたいという気持ちがあるのでしょう。
それを無視して話を進めることもできません。
結局、何かを考えるたびに、またお金の問題に戻ってしまいます。
私自身の生活も、決して余裕があるわけではない
私は現在、障害年金を受給しています。
でも、年金があるからといって、生活に余裕があるわけではありません。
ギリギリというか、正直なところ、かなり厳しい生活です。
そして、両親には、私がうつ病で6年以上通院していることも、障害年金を受給していることも話していません。
冷たい言い方に聞こえるかもしれません。
でも、これには理由があります。
障害年金を受給していることを知ったら、また以前のように「お金を貸して」と言われるのではないか。
そう思ってしまうからです。
もちろん、実際にそう言われるかどうかは分かりません。
それでも、以前のことを考えると、どうしても話す気持ちにはなれません。
「お金を貸して」と言われていた頃
以前、母からお金を貸してほしいと言われ、実家まで持っていったことが何度かありました。
その時の母の姿を、今でも覚えています。
とても申し訳なさそうにしていました。
そんな母を見ると、私自身もつらくなりました。
母は、年金が入ればきちんとお金を返してくれました。
返してくれなかったわけではありません。
でも、借りては返す。
また借りては返す。
そんなことを繰り返しているうちに、まるで自転車操業のようになっていました。
私は一度、
「どこかでこれをやめないとダメだよ」
と言ったことがあります。
このまま繰り返していても、何も変わらないと思ったからです。
それに、当時は病院へ行く時にタクシーを使ったり、お昼にランチを食べに出かけたりしていました。
もちろん、高齢の両親にとって、タクシーが必要な時もあるでしょう。
たまには外で食事をする楽しみだって必要だと思います。
でも、その一方で生活費が足りなくなり、私にお金を借りに来る。
そうなると、私自身、どう気持ちを整理したらいいのか分からなくなってしまいました。
母が申し訳なさそうにしている姿を見るのもつらい。
だからといって、私がいつまでもお金を貸し続けられるわけでもありません。
そんなことがあったので、今は自分の収入について両親に詳しく話さないようにしています。
親のことは心配。でも、自分の生活も守らなければならない
父のことも、母のことも、もちろん心配です。
父の認知症が進んでいることも分かっています。
母も高齢になり、身体的な負担が増えていることも分かっています。
だからこそ、何かできることはないかと考えます。
でも、何かをしようとすると、結局はお金が必要になる。
そして、私自身にも生活があります。
私だって、これから先どうなるのか分かりません。
障害年金だけで、いつまで生活を続けられるのかという不安もあります。
先日、久しぶりに求人情報を検索したのも、これからの自分の生活を考えたからです。
そんな状況で、両親の生活まで経済的に支えることは、今の私にはできません。
父の気持ちに寄り添いたい。
母の負担も少しでも減らしてあげたい。
でも、自分の生活も守らなければならない。
この三つを、どう両立させればいいのでしょう。
「元気ならいいや」と電話を切った父
今日の電話を思い返すと、父は最初に、
「マモル〜、元気?」
と聞いてきました。
そして最後も、
「どうしているかなと思って。元気ならいいや」
と言って電話を切りました。
伊勢崎に行きたいという話はしましたが、息子が元気かどうかも気になっていたのでしょうか。
それとも、ただ何となく電話をかけてきたのでしょうか。
正直、分かりません。
でも、父の声を聞きながら、昔から外に出ることが大好きだった父のことを思い出しました。
もし自由に出かけられるのであれば、今でもあちこち行きたいのでしょうね。
できることなら、伊勢崎にも連れて行ってあげたい。
そう思う気持ちはあります。
でも、現実には簡単なことではありません。
施設やショートステイを考えても、父自身の意思があります。
母にも母の考えがあります。
そして、私にも私の生活があります。
父の気持ちが分からないわけではありません。
むしろ、自分も最期まで思い出のある土地で暮らしたいと思っているからこそ、分かる部分があります。
でも、気持ちが分かることと、その願いをかなえてあげられることは別なんですよね。
何かできないかと考えても、結局はお金の問題に行き着いてしまう。
最近は、そんなことばかり考えています。
正直、難しいです。
何が正解なのか、今の私には本当によく分かりません。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
MACLIFELab
