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約2年ぶりに姉のお墓参りへ。21年という歳月と、帰りに寄った実家で思ったこと

2026-11-03

画像:生成AI(ChatGPT)で作成


先日、約2年ぶりに姉のお墓参りに行ってきました。

本来なら、お彼岸や命日にはお墓参りに行くべきなのでしょうが、なかなか足が向きません。

もちろん、姉のことを忘れているわけではありません。

ただ、私の場合、電車に乗っている途中で気分が悪くなることへの不安があります。

電車の中で吐き気が起きたらどうしよう。そんなことを考えてしまい、どうしても外出をためらってしまうんですよね。

でも今回は、何とか頑張って梅島まで行ってきました。

約2年ぶりに姉のお墓へ

梅島駅からお寺までは、歩いて15分ぐらいでしょうか。

無事にお寺へ到着し、姉のお墓を探し始めました。

ところが、なかなか見つかりません。

以前にも来ているのに、どこだったかなと辺りを見渡しながら歩き回っていました。

5分ぐらい探したでしょうか。

ようやく姉のお墓を見つけることができました。

お墓を見ると、湯呑みや花挿しがかなり汚れていました。

最近は誰も来ていないのかな。

そんなことを思いながら、まずは掃除を始めました。

湯呑みを洗い、花挿しをきれいにして、墓石も丁寧に拭きました。

そして、持ってきた水を湯呑みに入れました。

きれいになったお墓を前にして、ようやく姉に話しかけました。

「おねえちゃん、久しぶりになっちゃったね」

「久しぶりになっちゃった」

「何とか頑張ってやってるよ」

「ジジは認知症になって大変だよ」

「おじいちゃんたちとは仲良くやっている?」

そんなことを、姉に話しかけました。

特別な話をしたわけではありません。

近況を報告するように、思いついたことを話しただけです。

でも、もし姉が今も生きていたら、こんな話を普通にしていたのかなと思いました。

父の認知症のことも、母のことも、私自身の体調のことも。

きっと、いろいろな話をしていたのでしょうね。

姉が亡くなって、もう21年になります。

21年。

数字にすると、本当に長い年月です。

でも、お墓の前に立っていると、不思議とそんなに長い時間が経ったようには感じませんでした。

最後にお墓の写真を1枚撮りました。

そして、

「おねえちゃん、また来るね」

と声をかけ、その場を離れました。

姉の子供たちにLINEを送った

お寺を出て、まず姉の子供たち二人にLINEを送りました。

「墓参り行ってきたぞ。亡くなって21年だ。時間があったらママの墓参りに行ってやってな」

そんな内容です。

二人とも、今では立派な大人になりました。

梅島駅に向かって歩きながら、ふと考えてしまいました。

姉が今の子供たちを見たら、どう思うのだろう。

二人とも本当にカッコよく成長しました。

仕事も頑張っています。

姉が亡くなった時、二人はまだ中学生や高校生ぐらいだったと思います。

あの頃は、まだ子供だった二人。

それが今では、それぞれの人生を歩んでいます。

姉が生きていたら、きっと成長した二人の姿を見て喜んだでしょうね。

仕事の話を聞いたり、一緒に食事をしたり、時には親子で言い合いをしたり。

そんな何でもない日常があったのかもしれません。

成長した二人の姿を、姉に見せてあげたかったな。

そんなことを思いながら、梅島駅へ向かいました。

せっかく梅島まで来たので実家へ

せっかく梅島まで来たので、帰りに実家にも顔を出すことにしました。

父は、いつものように、

「今日、仕事休み?」

と聞いてきました。

父にとっては、私が今も普通に仕事をしているという認識なのかもしれません。

いつものことなので、特に驚くこともありません。

母には、

「お父ちゃん、どう?」

と聞いてみました。

母は何か話したそうな様子でしたが、父がそばにいたからでしょうか。

結局、特に何も話しませんでした。

父の前では話しにくいこともあるのでしょう。

それ以上は、私も聞きませんでした。

近所のヨーカ堂までタクシー?

その後、母からちょっと驚く話を聞きました。

母は普段、近所のイトーヨーカドーまで買い物に行っています。

私なら歩いて10分弱ぐらいの距離でしょうか。

母の場合はカートを押しながら歩くので、もう少し時間がかかります。

30分近くかかるのかな。

いや、そこまではかからないかもしれません。

そんな距離にあるスーパーです。

ところが、父がヨーカ堂に行きたいと言った時には、行きはタクシーを使っているというのです。

思わず、

「え? タクシー?」

と聞き直してしまいました。

母によると、父は往復歩いて行くことができないので、行きはタクシーを利用しているとのこと。

帰りは歩いて帰ってくるそうです。

「それでもやっとだからね」

と母は言っていました。

いやいや、そうなんだけど……。

父が長い距離を歩くことが難しくなっているのは、私も分かっています。

それでも、正直なところ、

「いくら行きたいと言っても、タクシーはないだろ。タクシーは」

と思ってしまいました。

近所には、もっと小さなスーパーもあります。

買い物をするだけなら、そちらでもいいのではないかと思うんです。

もちろん、父にとっては買い物そのものより、ヨーカ堂へ行くことが楽しみなのかもしれません。

外へ出て、店内を見て回る。

それだけでも、気分転換になるのでしょう。

でも、だからといって、そのたびにタクシーを利用するというのは、私にはなかなか理解できませんでした。

自分も年を取ったら、同じようになるのだろうか

とはいえ、母の話を聞きながら、別のことも考えました。

私もこれから年齢を重ねて、今より体が不自由になったら、同じようなことをするのでしょうか。

今は歩いて行ける距離でも、将来は歩けなくなるかもしれません。

買い物に行くだけでも大変になり、タクシーを使わなければ外出できない日が来るのかもしれません。

そう考えると、一概におかしいとも言えないんですよね。

それに、父は昔から外出することが好きでした。

認知症になったからといって、外へ出たいという気持ちまでなくなるわけではありません。

母も、そんな父の希望をできるだけかなえてあげたいと思っているのでしょう。

その気持ちは分からなくもありません。

でも、やっぱりお金のことが気になってしまいます。

気持ちは理解できる。でも、金銭感覚としてはどうなんだろう。

そんなふうに考えてしまいました。

それなら週2回の散歩を続けた方がよかったのでは

もうひとつ、頭に浮かんだことがあります。

以前、父のために週2回、散歩をお願いしていたことがありました。

でも、その散歩は母の判断でやめてしまいました。

もちろん、費用の問題もあったのでしょう。

ただ、今回の話を聞いて、

「それなら、週2回の散歩を続けていた方がよかったんじゃないかな」

と思ってしまいました。

父は外へ出ることが好きです。

定期的に散歩へ連れて行ってもらえれば、それも楽しみになったのではないでしょうか。

もちろん、散歩の費用とタクシー代を単純に比較できるわけではありません。

父の体調や、その日の様子によっても事情は変わるでしょう。

それでも、何となく納得できない気持ちが残りました。

まあ、今さらあれこれ言っても仕方がありません。

その場では、それ以上何も言いませんでした。

少しでもお金を残しておいてほしい

実家では、ほかにもいろいろと思うことがありました。

でも、最後は、

「じゃあ、また来るね」

と言って帰ってきました。

帰り道でも、やっぱりタクシーのことが頭から離れませんでした。

一度のタクシー代だけを考えれば、それほど大きな金額ではないのかもしれません。

でも、何度も利用すれば、それなりの金額になります。

まさに、塵も積もれば山となる、です。

これから父の認知症がどう進んでいくのかも分かりません。

母自身も、今より体が不自由になるかもしれません。

介護に必要なお金が増える可能性だってあります。

だからこそ、今のうちから少しでもお金を残しておいてほしいと思うんです。

私は現在、自分の生活を維持するだけでも余裕があるわけではありません。

今後、両親からお金のことで頼られても、できることには限界があります。

「後になって私に言われても困るよ」

そんなことを考えながら帰ってきました。

もちろん、父が外出を楽しみにしていることも分かります。

母が父の希望をかなえてあげたいと思う気持ちも、理解できないわけではありません。

でも、将来のことを考えると、どうしても心配になってしまいます。

そして、ふと思いました。

今日は姉のお墓参りに行った日だったんですよね。

姉に久しぶりに会いに行き、成長した子供たちのことを思い出し、その帰りに実家へ寄って、今度は両親のこれからについて考える。

家族のことを、いろいろ考えた一日になりました。

姉が生きていたら、こんな時、何と言ったのでしょうね。

「まあ、仕方ないじゃない」

と笑ったのか、それとも私と同じように心配したのか。

そんなことも、少し考えました。

親の気持ちも分かる。

でも、自分の生活も守らなければならない。

何が正しいのか、簡単には答えが出ません。

それにしても、あの金銭感覚は……。

正直、よく分かりません。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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自己紹介

はじめまして、Mamoruです。

このブログのタイトル「MACLIFELab」は、はじめは「MACLIFE」としてスタートしました。その後、私自身のうつ病や父親の認知症などが重なり、サイトをまるっきり更新できない時期も長くありました。

そんな苦しい日々を送っていく中で、いまの私や認知症の父を支えてくれているのは、間違いなく「人」であり、そして「Mac」や「iPhone」でした。

接している人は少ないかもしれません。しかし、Appleやガジェットがくれる「時間」と「心の余裕」に、私は何度も助けられてきました。介護や体調管理という厳しい現実も、テクノロジーを上手に頼りながら、少しずつ生活を整えていく感覚で向き合っています。

日々の生活では、近くに住む父の認知症介護の手伝いや、自分自身のうつ病・脂質異常症(糖尿病予備軍)といった体調と向き合いながら過ごしています。体調が良い時の趣味は、ポケモンGOや近所の散歩です。

2012年から続けているこのブログでは、Appleの進化とともにテクノロジーと向き合いながら、「便利さの先にある自分らしい暮らし」をテーマに、自分の視点で率直に想いを綴っています。

ときにAppleやガジェットに対して辛口になることもありますが、それもすべて、一人の愛好家としてのリアルな感想であり、愛着の裏返しです。

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