記憶の逆転。自分を愛し、最愛の妻を忘れた父

2026年2月27日金曜日


「画像はAI(Gemini)で生成したイメージです」

前回の記事を書いてからも、日常は何一つ変わらない。
1日2回、朝、夕と決まったリズムでスマホが震える。
表示される「実家」の二文字を見るだけで、胃の奥がキュッと収縮する。

受話器の向こうから聞こえるのは、やはり「伊勢崎に帰りたい」という枯れた声だ。

■歪んでしまった「切実な願い」

思い返せば、今の都営住宅に越してくる前。
家賃の支払いに窮して、祈るように都営住宅の抽選を繰り返していた時期、父は確かに「伊勢崎に帰りたい」とこぼしていた。

けれど当時、母はそれを強く拒んだ。
住み慣れた場所を離れる不安、そして何より、現実的にそこで生きていく術がないことを、母は痛いほどわかっていたからだ。

今、父の頭の中では、その時の記憶だけが歪んで固定されている。

「目の前で自分を支え、疲れ果てている妻を『他人』だと言い放ち、遠い昔の故郷へ、誰かもわからない『本当の妻』を迎えに行こうとしている。」

認知症という病は、どこまでも残酷だ。

■「私」ではなく「母」を覚えていてほしかった

自分自身のことや、自分が育った街のことは、あんなに鮮明に覚えているのに。
何十年も連れ添い、腰が曲がって歩くのも大変な母は今この瞬間も食事を運び、身の回りの事をしてくれている「最愛の人」の顔だけが、父の脳から消え去っている。

私だって、自分のことなんて忘れてくれても構わなかった。「お前は誰だ」と言われても、それほど傷つかなかっただろう。

けれど、母のことだけは、母の献身だけは、父の中に残っていてほしかった。

自分の存在とルーツを必死に守りながら、最も大切なパートナーの存在を塗り潰していく父。
その姿を見ていると、脳という臓器が壊れることは、人の「心」そのものをバラバラに解体していくことなのだと痛感する。

「お父さんは、自分のことしか見えていないんだね」

そう吐き捨てたい衝動を飲み込み、今日も私は、電話の向こうの父に嘘をつく。
あるいは、届かない真実を、壊れたレコードのように繰り返す。

私たちは今、沈みゆく泥舟の上で、ただ濁った水面に映る「かつての幸せ」を眺めている。

明日の電話では、せめて一度だけでも、
父の口から母の名前が「妻」として呼ばれる奇跡を願わずにはいられない。

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このブログのタイトル「MACLIFELab」は、はじめは「MACLIFE」としてスタートしました。その後、私自身のうつ病や父親の認知症などが重なり、サイトをまるっきり更新できない時期も長くありました。

そんな苦しい日々を送っていく中で、いまの私や認知症の父を支えてくれているのは、間違いなく「人」であり、そして「Mac」や「iPhone」でした。

接している人は少ないかもしれません。しかし、Appleやガジェットがくれる「時間」と「心の余裕」に、私は何度も助けられてきました。介護や体調管理という厳しい現実も、テクノロジーを上手に頼りながら、少しずつ生活を整えていく感覚で向き合っています。

日々の生活では、近くに住む父の認知症介護の手伝いや、自分自身のうつ病・脂質異常症(糖尿病予備軍)といった体調とも向き合いながら過ごしています。体調が良い時の趣味は、ポケモンGOや近所の散歩です。

2012年から続けているこのブログでは、Appleの進化とともにテクノロジーと向き合いながら、「便利さの先にある自分らしい暮らし」をテーマに、自分の視点で率率直に想いを綴っています。

ときにAppleやガジェットに対して辛口になることもありますが、それもすべて、一人の愛好家としてのリアルな感想であり、愛着の裏返しです。