言葉のキャッチボールができない通院日。主治医との間に感じる壁

2026年5月29日金曜日

金曜日は、3週間に1回のメンタルの通院日だった。

毎回、病院に行くのは気が重い。

そもそも、うつ病で3週間に1回の通院というのは、多いのか少ないのか。いまだによく分からない。

予約はいつも10時30分。でも、前の人がいなければ早く診てもらえることを知っているので、私はいつも10時過ぎには着くように家を出る。

待っている人がいなければ、本当にあっという間に終わる。多分、驚くくらいの速さだと思う。

ただ、今日は違った。

診療中の人がいて、さらに待っている人が2人いた。その時点で、「今日は失敗だな」と思ってしまった。とにかく一分でも早く帰りたい自分がいる。

スマホを見ながら順番を待つが、なかなか呼ばれない。自分の診察は5分もかからないのに、前の2人はずいぶん長く診察を受けている。正直、よく分からない。

気づけば予約時間の10時30分を過ぎていた。幸い、その後に来る人はいなかったので、体調が悪くなることはなかった。

先生の一言と、落ちていく気持ち

ようやく呼ばれて診察室に入る。
先生はいつも通り、「どうですか」と聞く。もう決まり文句のようなものだ。

私は、この3週間の出来事を話し、相変わらず父のことで気分の浮き沈みが激しいことを伝えた。

すると先生は、父からの電話について、「電車に乗れなくて実家に行けないのだから、それは我慢するしかないね。それも親孝行だよ」と言った。形成して、「お母さんはもっと大変ですよ」と。

それは、分かっている。そんなことは、自分が一番よく分かっているつもりだ。

でも、その言葉を聞いた瞬間、気持ちが一気に落ちていくのが分かった。

診察はいつも通り、短く終わった。最後に先生は「お大事に」と言ってくれたけれど、自分の中では、「その一言で気持ちが落ちました」という感覚のままだった。

言葉のキャッチボールができない感覚

うまく言えないが、自分ではきちんと状況を伝えているつもりなのに、先生との間にどこか壁があるように感じるというか、自分が先生に伝えたことに対して返ってくる先生の話が中々納得いかない。言葉のキャッチボールができていない、そんな感覚だ。

他の人の診察を見たことがないから分からないが、こういうものなのだろうか。




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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このブログのタイトル「MACLIFELab」は、はじめは「MACLIFE」としてスタートしました。その後、私自身のうつ病や父親の認知症などが重なり、サイトをまるっきり更新できない時期も長くありました。

そんな苦しい日々を送っていく中で、いまの私や認知症の父を支えてくれているのは、間違いなく「人」であり、そして「Mac」や「iPhone」でした。

接している人は少ないかもしれません。しかし、Appleやガジェットがくれる「時間」と「心の余裕」に、私は何度も助けられてきました。介護や体調管理という厳しい現実も、テクノロジーを上手に頼りながら、少しずつ生活を整えていく感覚で向き合っています。

日々の生活では、近くに住む父の認知症介護の手伝いや、自分自身のうつ病・脂質異常症(糖尿病予備軍)といった体調とも向き合いながら過ごしています。体調が良い時の趣味は、ポケモンGOや近所の散歩です。

2012年から続けているこのブログでは、Appleの進化とともにテクノロジーと向き合いながら、「便利さの先にある自分らしい暮らし」をテーマに、自分の視点で率率直に想いを綴っています。

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