2026年3月6日金曜日

【本音レビュー】10万円MacBook「Neo」登場。期待値が高すぎた「PCの入り口」専用機か?

昨日からのホームページ不具合で更新が遅れてしまったが、ようやく復旧した。お待たせした読者の方々には申し訳ない。だが、その間に情報はさらに確定し、私の結論もより強固なものになった。

漢字Talkの時代から30年以上、数々の伝説的モデルを見届けてきた私にとって、2026年3月5日に発表された「10万円のMacBook Neo」は、非常に複雑な後味を残すものだった。

配役の変わる舞台。父にとっての「東京の彼女」と母の涙

水曜日の昼過ぎ、iPhoneが震えた。

画面に表示されたのは、母が以前入院していたときにお世話になった、古い友人の名前だった。


父がデイサービスに出かけ、母がひとりになる水曜日。

友人たちはその時間を知っていて、孤独を紛らわせるために電話をくれる。


私は一瞬、母の身に何かあったのかと身構えながら通話ボタンを押した。


「お母さん、電話で泣いていたよ」


友人の声は沈んでいた。

最初はいつもの調子で話していた母が、父の話題になった途端、堪えきれずに涙をこぼしたという。


「何十年も一緒にいて、何もかも忘れられちゃった……」

2026年3月4日水曜日

M5 Mac登場。「持てる者」と「持たざる者」を分けたAppleの春

漢字Talkの時代から30年以上。
幾多の「驚き」と「落胆」を共にしてきたAppleですが、今回の発表ほど 「持てる者」と「持たざる者」を明確に分けたラインナップ も珍しい。

1. MacBook Pro M5シリーズ(正統進化)
• チップ:M5 Pro / M5 Max
M1 Pro比でSSD速度が2倍、AI性能は8倍。
• ストレージ:ついに標準で 1TBから(512GBは廃止)。
• ディスプレイ:120Hz(ProMotion)継続。

ベテランの視点:道具としての完成度は、すでに頂点に達した感がある。30年前からすれば、このパワーがノートに収まっているのはもはや魔法だ。

2. MacBook Air M5(実利の極み)
• スペック:ついに 16GBメモリ / 512GBストレージが標準。
• ディスプレイ:変わらず60Hz。
ベテランの視点:ついにAppleが「最低限使えるスペック」の底上げを認めた。
120Hzという「贅沢」を削る代わりに、16GBメモリという「必須」を配った格好だ。

3. Studio Display XDR(新カテゴリーの衝撃)
• Studio Display 2(標準):カメラ刷新のみで60Hz継続。
• Studio Display XDR:27インチ5K。待望の 120Hz(ProMotion)+ミニLED 搭載。
• 価格:約52万円(3,299ドル)〜。
ベテランの視点:120Hzの外部ディスプレイを待っていたユーザーへの回答は、
「MacBook Proがもう1台買える追加料金を払え」という、少々非情なものだった。

増える薬、消えない不調――「出口」を探し続ける記録




2026年3月3日火曜日

無力の海に浮かぶ「たられば」の残骸

「画像はAI(Gemini)で生成したイメージです」


時々、深く暗い海に沈んでいくような感覚に陥ることがある。

そして、決して届かない「もしも」の断片を、一つひとつ拾い集めては溜息をつく。


もし今、私にうつ病という鎖がなく、以前のように元気に働けていたなら。

母の肩に食い込む介護の重荷を、もっと軽くしてあげられたのではないか。


もし私に、あの頃のような蓄えがあったなら。

「どこか他に住むところはないか」と縋るような声で電話してくる父に、別の選択肢を提示してあげられたのではないか。


金を無心してきた姉に、突き放すのではなく、そっと余分に握らせてあげられていたら。

姉の人生もまた、違う色に染まっていたのではないか。


毎日、決まった時間にスマホが震える。

受話器の向こうの父は、今の生活から逃げ出したい一心で、同じ言葉を繰り返す。


「他にも住むところないかな?」


私はそのたびに、冷たく、残酷な現実を言葉にして返さなければならない。


「ないよ。その年齢じゃ部屋は借りられないんだよ」

「お金だって、ものすごくかかるんだよ」


父を突き放したいわけではない。

けれど、今の私には父の願いを叶える「力」がない。


かつての私は、大企業ではないにせよ、それなりの給与をもらい、自分の足でしっかりと立っていた。

一体どこで、私の人生の歯車は狂い、これほどまでに無力になってしまったのだろう。


数年前、亡くなった伯父の次男から兄が亡くなったからと「家の保証人になってほしい」と電話があった。子供の頃、よく一緒に遊んだ親戚のお兄さんだった。

そのお兄さんももう何十年もうつ病で無職だった。


けれど、うつ病で無職だった私には、自分一人の命を守るのが精一杯だった。

誰かの人生を背負う余裕なんて、ひとかけらも残っていなかった。


無碍に断るしかなかった。


その一年後、母から警察から連絡があり、彼は孤独死したと聞いた。


「病気だから、仕方ない」

自分自身でも何度もそう言い聞かせてきた。

けれど、理屈では割り切れない「情」が、胸の奥でずっと疼き続けている。


大切に思っているからこそ、何もできなかった自分がいる。

そして今も、何もできない自分がいる。


その事実が、刃のように胸を刺す。


お金があったとしても、何も変わらなかったかもしれない。

それでも、もう少し、何かできたんじゃないかと思ってしまう。


父に「いいよ、探してみようか」と言ってあげられる余白が、どこかにあったのではないかと。


今の私には、父の幻想を打ち砕く「現実」を突きつけることしかできない。


かつての自分が手にしていた「力」の残骸を数えながら、この無力の海で、今日をやり過ごしている。


鳴り止まない電話の着信音が、今日も部屋に響く。


まるで、私の無力さをあざ笑うかのように。