2023年7月19日水曜日

転職活動 新聞配達(3ヶ月のみ勤務) 江戸川区 

ここは年明けから3ヶ月間だけ勤務したところである。この当時は千葉に住んでいたが、内定を得たことにより、社宅契約で住居を借りることが出来るので、江戸川区に引っ越しをしてきた。新聞配達は面接は簡単なもので、正直、自分も不採用にはならない自信があった。

私が勤めた配達店は、配達、営業、集金を全てやる人と、配達専門の方がいた。私は配達専門の人の下で研修を開始した。ただ初日は私の希望でバイク(カブ)に乗ったことがないので、お昼過ぎから夕方まではひたすらバイクの練習をした。

正直、応募時から私に新聞配達なんか勤まるかなという不安はあったが、私がよく見ているブログの中に日中はサラリーマンをしていて朝刊だけ新聞配達をしている人のブログがあり、そのブログにコメントをよくしていて、返事をいただいているうちに不安も解消してきて新聞配達に挑戦してみようと言う気になったのが、新聞配達に応募したきっかけである。

新聞を配達する家は、順路帳というものに全て記載されており、記号で配達する全ての家がわかるようになっている。私が仕事を教わった人は、配達のプロの人で初日からこの順路帳を見れば配達が出来るといっていた。

仕事は数日間は、配達先をズーとバイクで後から着いていくだけであった。それでも昼夜逆転の生活は正直厳しかった。私の販売店は夜は2時過ぎに販売店に入り、準備をして4時ごろから配達。私に仕事を教えてくださった人は配達が大変早く6時過ぎには配達が終わり帰宅が出来ていたが、配達が遅い人は帰宅時間はもっと遅くなっていたはずである。また配達が終わった後も、誤配や配達し忘れに対応するため、ローテーションで一人が10時ごろまで事務所に残っていた。朝刊の配達が終わって自宅に戻ると午前中はのんびりして、私は午後からの出勤となる。ただ、集金時期などは午前中から仕事をしている人などもいて、あくまでも個人のペースで仕事をしているように感じた。

午後は新聞にチラシ折り込みや、夕刊の配達時間までは人それぞれ営業、集金時期は集金と勤務をしていた。勤務開始から数日経ってから初めて順路帳を見て配達をしてみたが、道はそれなりに覚えていたが、配達先と配達する新聞までは順路帳を見ないと配達が出来ないため、初日は私が遅いのに対してしびれを切らして、マンション1棟の配達だけで、配達を交代となった。しかし私に仕事を教えてくれる人は何日経っても私に最後まで配達をさせてくれないのである。ズーとマンション1棟。朝刊も夕刊もである。確かに私が朝刊全て配達すれば6時には終わらず7時〜8時の間にはなってしまうことは間違いないのだが、私も最後まで配達をして、少しずつでも慣れていきたいと思っていたから気持ち的には遅くなっても最後まで配達をさせてもらえると有り難かった。

勤務開始から1ヶ月経っても私が配達できるところはマンション1棟のみ。私もこれではまずいと思いはじめ、店長に相談をしてみたが、店長も私に仕事を教えてくれている人に出来れば営業・集金もお願いしたく相談をしてみたが、配達以外はやりたくないという返事で、あまり人に仕事を教えるには向いていない人かも知れないということで話は終わってしまった。

私の力不足が露呈したのは、私に仕事を教えている人が休日の時の配達である。もちろん私一人で配達するわけではなく、他の社員の方が一緒についてきてくれるのだが、配達を最後までしたことない私はともかく時間がかかってしまった。それでも一緒についてきてくれた人には迷惑をかけてしまったかも知れないが、最後まで配達できたことは満足できた。ただそれも1日である、次の日からはまた配達できるところは朝夕、マンション1棟のみ。こんなことが3ヶ月続いた。そんな時に、何気にネットを見ていたら私の住んでいる部屋が賃貸物件として出ていることに気がついた。すぐ店長に確認の電話を入れたところ、正社員としての採用は厳しく、試用期間で終了との返事があり、千葉から江戸川区に引っ越してきて3ヶ月でまた千葉に引っ越しをすることになった。お金がない中で、大変痛い出費となった。

新聞配達は個人のペースで出来る仕事であり、私は人に気を使わなくてよい職種と感じていたが、3ヶ月経って確実に配達できる所がマンション1棟ではこの結果もしかたなしか。


 

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